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読書録 本読みの貪欲

近畿地方の某田舎町で一人暮らし中。

初詣と映画鑑賞  荒戸源次郎監督『赤目四十八瀧心中未遂』

初詣に行ってきた。
おみくじ引いた。
凶だった。
「願い事 叶い難し」
「健康 心労」
「旅立ち 思いなおせ」
就活生の私。
神様はお見通しか?

次いでにはてなのブログみくじを貼っておく。
こちらは中吉。

はてなブログおみくじ2014

さて、本題。『赤目四十八瀧心中未遂

車谷長吉の直木賞受賞作を映画化したもの。
原作は未読。
新年早々引きこもってDVDで見た。
荒戸源次郎監督。2003年公開。
ヒロイン役の寺島しのぶが美しく、そして、醜い。表現力に驚嘆。

男と女の物語である。
居場所のない男業を背負わされた女
行き場のない二人の逃避行

生活が分からない。

主人公の生島に共感できる場面があった。
冒頭、尼崎に流れてきた彼は、アパートで一人、国語辞典を引く。
引いた単語が「生活」。
そこで、生活には二つの意味があることを知る。
一つは、生物としての生。
もう一つは、人間としての社会的な生活。
彼は後者の意味における生活を営んでいないことを自覚する。

私も、人間の生活というものが分からない。
人間の生活とは何か。
食べて、寝て、起きて。
体の欲求を満たして、でもそれだけではいけなくて。
例えば、働いて。
私は人間の生活が分からない。
私自身、毎日生きてはいるが、いわゆる「生活」をしているのか、分からない。
このような感覚、伝わるだろうか。
私の文章力では伝わらないだろう。
ぜひ、この映画を見てほしい。
人間の生活が分からない男の生活がこの映画にはある。
以下、生活という視点で勝手に映画を解釈。

この映画は「何故」という疑問に答えてはくれない。

何故、主人公は東京から尼崎に流れてきたのか。
何故、大学を中退したのか。
何故、風呂なしトイレ共同のアパートで、臓物を捌くことになったのか。
彼は何から逃げているのか。
何を求めているのか。

説明はない。
示されるのは、彼がなんとか毎日をやり過ごす様子である。
そして決して「アマ」という場に馴染むことのできない現実である。
そこで彼は徹底して余所者であった。
彼自身も、アパートの住人も無言のうちにそれを知っている。
「アマ」という場で彼は呼吸をし生きている。
「アマ」という現実に、彼は生活できていないのだ。

そして彼は、アヤと呼ばれる女と共に世界から逃避する。
彼女は生活を知っている女であった。
彼女の生活とは、兄の借金のために3000万で博多に売られる未来であった。
生活からの逃避のお伴に、生活を知らない男を選んだ。
二人の逃避行の最終章は美しい。
最後の場所に選んだのは、赤目四十八瀧。
彼女と彼女の兄にとっては悲しい思い出の場所でもあった。
夏。
山の緑に、清涼な川の流れ。
蝉の声と川のせせらぎ。
映像はひたすら美しい。
生活臭がないからだ。
幻想的ですらある自然。在るのは死の予感。

そして彼らは生活を選んだ。

しかし題名通り、二人は生きて山を下りる。
生還。
女は業を背負う生活を選んだ。
女にとって問題は二択であった。生活か死か。
男の行き先は、やはり、誰も教えてはくれない。
私の行き先を、誰も教えてはくれないように。
彼と私の問題は、二択では、割り切れない。と思っている。
もしかすると、女、アヤの選択こそが正しいのかもしれないとも思うけど。

赤目四十八瀧心中未遂 [DVD]

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