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読書録 本読みの貪欲

近畿地方の某田舎町で一人暮らし中。

『精神のけもの道』 春日武彦

吉野朔実=漫画、という背表紙の文字に惹かれた。
吉野朔実本の雑誌に読書エッセイ漫画を連載している漫画家であり、『悪魔が本とやってくる』といった作品がある。
そして私は密かな吉野朔実ファンである。
この本は春日武彦の精神エッセイ一編に、吉野朔実の漫画が2ページで一章という構成である。
「つい、おかしなことをやってしまう人たちの話」という副題にも惹かれる。
表紙を開くと、

ようこそ!愚かで愛おしい精神のけもの道へ。

との言葉が、何故かシャチのイラストと共にある。可愛い。
もう読むしかないだろう。
エッセイも読みやすく、サクッと読了。
ちなみに奇数章は白、偶数章はクリーム色の紙が使われているという仕様。

第1話 精神の、けもの道 いびつなる精神の行方
第2話 バランスが肝心 明らかに変なのだが、ちゃんと辻褄はあっている
第3話 不幸は蜜の味 倒錯した精神の安らぐ場所
第4話 そんなもんだと思ってた かくも強靭な適応能力
第5話 つまらないことほど大切 ケチなプライドやこだわりほど、根の深いものはない
第6話 鍵をねじ切る 何がなんでも安心したいという欲望
第7話 当たる占いしか信じない 傲慢なる依存癖
第8話 そんな嘘をついて何になる 嘘か本当かは、もはや問題ではない
第9話 本当に憶えていないの? 人は、どこまで都合よく忘れられるものか
第10話 わからなくなりました 意味が真っ白になるとき
第11話 ある日、マンホールに落ちる 運命の理不尽ないたずら
第12話 愚かさがまぶしい 粗野と崇高さが出会うとき
対談 春日武彦×吉野朔実

精神のけもの道とは

タイトルにもなっている精神のけもの道とは何か。

人の心の働きにおいて、なるほど論理的で整合性はあるもののそれが「普通の人の日常的な文脈」からは逸脱してしまい、しかも何か過剰なものを現出させてしまっている人物の精神の様態を指す言葉である   (p14)

「人間の文脈と獣の文脈とが接している」、正常とされる文脈と異常とされる文脈との間にある道である。
本書では、この言葉をもって普通でもない、病気でもない、中途半端な人間の精神状態を表す。
そしてそのような「けもの道」は我々の普通の道と地続きであり、舗装された道を歩いていたつもりでも、気付けばけもの道に片足を突っ込んでいるということがあるかもしれない。
著者はけもの道に迷い込んだ人間の姿を、臨床経験を生かし、生き生きと書きだす。
人間の愚かさや、一見複雑に見える症状の中にある単純さが浮き彫りになる。
医学的な本ではない。
人間ってほんといろいろだなあと、楽しみながら読むのが良い。

本書に出てくる人間は、確かに異様なところがあるが、しかし、別世界の人のようには思えない。
ああいるいる、こういう人たち。
もしくは、思う。
もしかしたら、私もこのようになってしまうのかもしれない。
人間なんて似たり寄ったりである。
弱みまで似ている。
現実に耐えられない人間はいくらでもいる。
そしてその重みを少しでも軽くするために、現実を直視せずに済むために、人は精神のけもの道に足を踏み込む。

思わず読み飛ばしたくなる部分もある。
例えば「第3章 不幸は蜜の味」。ここでの不幸は他人の不幸ではなく、自らの不幸である。

不幸や不遇に置かれた人物がその状況を意外に心地よく思っていることは決して珍しくない。   (p42)

相撲の実況中継の練習を繰り返すアナウンサー志望の若者や、医師のまねごとをする看護師の話が紹介される。しかし彼らは、実際にアナウンサーになるための試験を受けたり、医学部受験に向け勉強することはない。

おそらく彼らは、本当に向かい合わなければならないこと(つまり受験へ向けての退屈で地道な努力)は回避し、夢の「まがいもの」――すなわち孤独な相撲の架空中継だとか、医師もどきの知識武装などばかりにエネルギーを注ぎつづけるのである。   (p47)

もちろん、だから、彼らの本当の夢が叶えられることはない。
この状況は、傍から見れば、馬鹿げている。
現実逃避では、現実を変えることはできない。

だが現実を直視するよりは、甘美な「ごっこ」に浸っていたほうが気が楽なのである。そうして自己憐憫にふけったほうが、はるかに楽しいのだろう。   (p47)

私は彼らを笑えない。
今、行っていることが、現実逃避ではない、とは言い切れない。
ブログを書くのは、就職活動からの現実逃避だろう。
就職活動は、将来を考えることからの逃避だろう。
私は、現実や将来に向き合うのが、怖い。
人生の波乱万丈さに正面から向き合うことは、とても疲れる。
疲れた、疲れた、と言ってばかりでは、どうしようもないのは分かるのだけれども。

悩みの一本化

関連して、面白かったのが、悩みの一本化の話である。
神経症患者の話である。
人は、生きている限り、大小様々な悩みに直面する。
その悩みにいちいち向き合うのは、とても疲れる。
そこで出てくるのが、神経症だという。
大きな心配ごとが一つあれば、生活上の様々な悩みは相殺される。
だって「それどころじゃないから」。
だから神経症の患者はなかなか治りたがらないらしい。
神経症が直ってしまえば、またたくさんの悩みに直面しなければならない。

ここまで読んで、人間何が幸せで何が不幸かよく分からなくなった。
まともなことが本当に幸せか。
なんというか、仕事ができる人ほど、仕事を押しつけられるということと同じような何かがある気がする。
真正面から人生に向き合う程、人生は重くなる。
重い人生を背負うぐらいなら逃げてしまいたい。
向き合うことをせず逃げた人生は、他人から見れば、不幸な人生なのかもしれない。
でも人の幸/不幸なんて、当人にしか分からない。

では、私は幸せか。
問いを自らに向けてみる。
はい、とも、いいえ、とも言い切れない。
不幸に浸っている幸せか、幸せに浸っている不幸か。
幸せでも不幸せでもないのか。

美味しいケーキでも食べて、ゆっくり風呂に入って、発泡酒じゃないビールでも飲んだら、少しは楽しくなるだろうか。
空しくなりそうな気もするが。

明日はまた、月曜日です。

読書録

『精神のけもの道 つい、おかしなことをやってしまう人たちの話』
著者;春日武彦
漫画:吉野朔実
出版社:アスペクト
出版年:2008年

精神のけもの道―つい、おかしなことをやってしまう人たちの話

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