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読書録 本読みの貪欲

近畿地方の某田舎町で一人暮らし中。

林芙美子が書くインテリ無職青年の生活 『魚の序文』

金銭的に豊かな生活と貧しい生活、どちらに憧れを感じるか。

人は皆、豊かな生活を目指す。ということが現代日本では暗黙の了解となっているように思う。
だからこそ大学生である私が直面している就活戦線は苛烈である。
誰もがより良い就職先を目指して努力する。
せめて無職で卒業は避けようと、自己アピールに励む。
それはそれで間違ってはいないのだろう。
働くとは、すなわち、金を得ることであり、金を得ることを通して、食を得ることができるからだ。
働くことは生きることに直結する。
私は生きたい、だから、内定が欲しい。
なにも、間違っては、いまい。

大学を出たけれども就職先がない。
大学全入時代だからとかなんとか言われるけれど、戦前にも、大学を出たけれども職を得ることができない人たちはいた。
林芙美子短編『魚の序文』はそんな「大学は出たけれども」無職の「僕」が主人公である。
昔の大学生も就職は意のままにならなかった。
その事実に慰められてもいられないが、それでも人生なんて結局はこんなもんかもしれないと、諦めることもできるかもしれない。
この小説はまさしく、人生の意のならなさを描き出している。
以下、引用多め、ネタばれ注意。

魚の序文

一二年前に大学を卒業した二十七歳無職の僕は、しかし親の脛かじりとして生きるわけにはいかない。
何故なら彼は二十三歳の年の割には幼く、そのくせ所帯じみた妻を持つ、一家の亭主でもあるからだ。
食うのに困るほどの貧困生活。
野草を摘み、墓の花を盗り、ミミズを掘る。
妻の内職で得た金で米とイワシを食す。
それでも、けなげな妻菊子と彼との関係はあたたかい。
二人は決して恋愛の末に結ばれたわけではない。

本当を云えば、初め、僕は彼女を愛しているのでも何でもなかったのだ。彼女だって、僕と一緒になるなんぞ夢にも思わなかったろうし、結婚の夜の彼女が、「済まないわ……」と一言漏もらした言葉があった。どんな意味で云ったのか、僕だけの解釈では、僕以外の誰かに、済まなさを感じていたのであろう。

結婚して数日後に妻菊子に歳を聞いた、とのエピソードもある。
現在とは結婚観も違うのだろうと思う。
それでも彼らは一人ぼっちではない。
二人でいることは、救いであると同時に、重荷でもある。
わずかな着物を質に出そうとする菊子を乱暴にひきとめるシーンがある。

「君が腹の満ちた恰好かっこうで、一ツのものを夫に与あたえるのは、それア昔むかしの美談だよ。一ツしかなかったら、二ツに割って食べればいいだろう、何もなかったら、二人で飢うえるさ」
 これは、素敵にいい言葉であった。僕は僕自身のこの言葉にひどく英雄的になったが、彼女には、それがどんなにか侘わびしく応こたえたのであろう。急に、まるで河童かっぱの子のように眼のところまで両手を上げて、しくしく声をたてて泣き始めたのだ。

そんな妻を見て僕は思う。

僕は、何でもいいからつくづく働きたいと思った。働いてこの蟹かにの穴のような小さな家庭を培つちかって行きたいと思った。僕は急に、久し振りに履歴書をまた書きたくなって、硯すずりに白湯さゆを入れ、桐の窓辺に机を寄せて、いっときタンザしてみた。うつむいていると、美濃紙みのがみが薄うすく白いので、窓の外の雲の姿や桐の梢の紫むらさきの花の色まで沁しみて写りそうであった。

かつては墨に筆を使って履歴書を書いていたのかとの感心は置いて、50通もの手書き履歴書を送る僕の姿は、あてもなくエントリーボタンをクリックし続ける現代就活生の姿とどこか重なる。

仕事は決まったが

僕の仕事はひょんなことから決まる。
妻菊子が、近所の人から夫を警備員として雇いたいと言われたのだ。
一日で三十円。
当時では大金である。
ただし小説内では、住み込みで警備員をするのに、菊子を同伴できるのかどうか、といった点が明らかになっていない。
仕事を得ることはできたが、妻と会うことが難しくなるかもしれない。
仕事を得、妻と過ごす時間を失う。
意のままにならない人生。

人の住まっていない無数の壁を警護するために、彼女と離れて別れてまで暮くらす心はない。では、どうして食って行くのだ。「浮世には思い出もあらず」また墓標の裏の言葉が胸を突ついて出た。――我々置き去りにされたインテリはいったいどうすればいいのだ。人生はまるで今日見たあの壁の中みたいじゃないか、あッちを向いても、こっちを向いても、壁々、壁だ、壁なのだ。

それでも僕は、働くこと、生きていくことを決意する。
きっと生きていくことは辛いことなのだ。
今も昔も生きていくことは辛かった。
金銭的に裕福でも理不尽で、意のままにならないことも多かった。
大切なのは、それを楽しめるかどうかなのかもしれない。
貧しさの中で二人で暮す僕と菊子の姿はどこか懐かしく温かい。
東京、大都会の人ごみの中、一人で職探しに歩む私は、ある意味絶望的な孤独のうちにある。
他人と暮す煩わしさ、他人と生きていく覚悟を捨てた現代人の行き突く先。
わずかな食べ物を分け合う幸せを失った私たちは、いったいどこへ向かうのだろうか。

読書録

『魚の序文』
著者:林芙美子
出版社:筑摩書房(『ちくま日本文学020 林芙美子』収録)

林芙美子 (ちくま日本文学全集)


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