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読書録 本読みの貪欲

近畿地方の某田舎町で一人暮らし中。

クーポンで本を買う 『哲学入門』 戸田山和久

東京駅のいくつかの店舗で使えるクーポン券を頂いた。
額にして1000円分。
一人暮らしの学生にとってはなかなか嬉しいお小遣いである。
クーポン券を使える店舗の中に書店を見つけ、1000円分すべてを書籍に充てることを決意した。

しかし実際書店へ行くと1000円という額がなかなかどうして中途半端な額であることに気づく。
軽めの文庫や新書は7-800円である。
このクーポン券、お釣りが出ないので使いきらなければ損である。
ちょっと良い感じの本は、1000円を越えてしまう。
余分な金を使いたくはない。

ということで広くはない書店の中を行ったり来たり、いいなと思う本があれば棚から取り出しては裏表紙の値段を見る。

そんなこんなで一時間弱。
ついに1000円ぴったりの本を見つけた。
『哲学入門』戸田山和久
分厚い(446ページ!)ちくま新書である。ちなみに新刊。
レジまで持っていき消費税が50円かかることに気付いたが、そこは諦めて財布を開く。
4月に出会っていたならば80円だったのかと思いつつ。

で、電車に乗りながら早速開く。
そして「入門」という言葉とは裏腹に、本書がなかなか本格的であることに気付いた。

21世紀の哲学入門

哲学の入門書といえば、過去20世紀までの有名な哲学者の思索の紹介に始終することが多い。
本書はそのような哲学書からは一線を画している。

しかし本書は歴史上有名な哲学者はほとんど出てこない。プラトンアリストテレスも、デカルトヘーゲルも、ニーチェフッサールハイデガーも出てこない。ウィトゲンシュタインも出てこない。ドゥルーズは言うにおよばず(だってわからないんだもん)。こういう人たちがどういうことを言ってきたのかをわかりやすく解説するたぐいの「入門書」はこれまでやたら書かれてきた。汗牛充棟、と言うと大げさかな。でも、もういいでしょそういうのは、と思う。

では本書には何が書かれているか。
「ありそでなさそでやっぱりあるもの」「存在もどき」についての考察である。

「ありそでなさそでやっぱりあるもの」とは、大雑把に言えば、日常生活を営む限り、あるのが当然と思われるが、科学的・理論的に反省するとホントウはなさそうだ、ということになり、しかしだからといって、それなしでは済ますことはできそうにないように思えてならないもの、のことである。

具体的に何を扱うのか。目次を引いてみる。

序 これがホントの哲学だ
第1章 意味
第2章 機能
第3章 情報
第4章 表象
第5章 目的
第6章 自由
第7章 道徳
人生の意味――むすびにかえて

例えば、「意味」とは本当にあるのか、と本書は問う。
それも科学技術が発展した現在の視点から。
「意味」は物質ではない。物質ではない「意味」は本当にあるのだろうか。

ほんの100年前まで、モノの世界とココロの世界は大きく隔たっていた。
そのためココロの世界の中だけで哲学が完結することができた。
しかし現在はココロというものが脳という物質内の化学反応にすぎないことが科学的に明かされている。
ココロの世界だけで完結する哲学は現状にはそぐわない。
本書は、モノの世界に「ありそでささそでやっぱりあるもの」を書き込んでいく試みである。 
哲学から科学は生まれた。
しかし今や科学は哲学を飲み込むのだ。

以上のように、本書は語り口こそ軽妙だが、簡単に理解できる本ではない。
電車の中で軽く読むというよりは、静かな寝室でじっくりと取り組みたい読書である。
現在第3章を読書中。

読書録

『哲学入門』
著者:戸田山和久
出版社:筑摩書房(ちくま新書)
出版年:2014年
哲学入門 (ちくま新書)