読書録 地方生活の日々と読書

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『人間の土地』 (サン=テグジュペリ著) 解説は宮崎駿さん。【読書感想】

ぼくら人間について、大地が、万巻の書より多くを教える。理由は、大地が人間に抵抗するがためだ。人間というのは、障害物に対して戦う場合に、はじめて実力を発揮するものなのだ。   (p7)

壮大なタイトルである。そして『人間の土地』はこのような壮大な書き出しで始まる。

時代は第一次大戦後。郵便飛行の黎明期である。
世界はまだ狭く、空も使い古されてはいなかった。人間は、飛行機という道具をもって、大地と相対した。
しかし悲しいかな、飛行機の歴史とは墜落の歴史である。
本短編集も筆者自らの体験を基にした墜落のエピソードや墜落した盟友を助けるエピソードが乾いた筆致で描かれている。羽田空港で買い、飛行機に乗りながら読んだが、罰あたりであった。

1 定期航空
2 僚友
3 飛行機
4 飛行機と地球
5 オアシス
6 砂漠で
7 砂漠のまん中で
8 人間

今、私たちが安心して空の旅を楽しめるのは、命をかけて航路を開発した男たちがいたからである。
空港に照明施設も整っていない時代。彼らはナビゲーションシステムもない貧弱な飛行機で、低気圧や夜間飛行に挑んでいった。一つひとつのエピソードが強烈だ。

政治的に敵対している領域に墜落した僚友を助けに行き、見つかったら殺されるという環境で一夜を過ごしたこと。
-40度にもなるアンデス山脈に墜落し、装備も食料も持たないで4日間歩き通し、生還した僚友のこと。
夜間飛行中無線が通じなくなり、自らの居場所が分からないなか、町の光だと思い星へ向かって飛んで行ってしまったこと。
そして有名なエピソード。サハラ砂漠に不時着し、3日間砂の中を彷徨ったこと。

人間賛歌

本書には上であげた以外にも、長短様々なエピソードが盛り込まれている。
客として飛行機に乗っているだけでは忘れがちな、飛行機の歴史と人間の矜持が詰まっている。
本書は人間の持つ勇敢さや潔さについての物語であり、人間が人間であった時代が確かにあったことの証明だ。

最終章「人間」は戦争に関するエピソードであった。戦争中にも関わらず、人間であることの気高さを失わない男たちの物語である。
しかし、戦争は不毛である。気高い人間たちが使い捨ての駒になり下がる。
著者自身、第二次世界大戦中、偵察機に乗り、亡くなった。解説によると彼は最後に「世界は蟻の塚だ」と書いたらしい。人間がただの働き蟻になる。それが戦争。
いや、もしくは私の生きる現代社会もただの蟻塚にすぎないのかもしれない。

ところでサン=テグジュベリと言えば『星の王子様である』。既読の方も多いだろう。何しろ世界8000万部の大ベストセラーだ。モレスキンの表紙にも採用されている。
がしかし。正直なところ、私には『星の王子様』がぴんとこなかった。高校生のときに一度読んでそれっきりだ。
王子様のイラストと有名なキツネさんのセリフ「大切なものは目に見えない」だけが私の頭の中を一人歩きしている。
けれども、著者の体験談を基にした本書の方は、しっくりきた。
「『星の王子様』なんて、子供だましだろ。だいたい売れてる本は読む気がしない」
そんなへそ曲りな同類にこそ読んでいただきたい本である。
堀口大學で読んだが、始めの方こそ堀口訳は小難しく感じたが、読めば読むほどぴったりくる感じがした。
極限状態における人間賛歌である本書に、読みやすさを優先した軟弱な訳は似合わない。

「空のいけにえ」

ところで、本書の解説は宮崎駿である。

人間のやることは凶暴すぎる。   (p266)

「空のいけにえ」と題された小文では、飛行機に惹きつけられる人間の性が炙り出されている。
若者は速度を求め、死ぬのも恐れず、飛行機乗りへ志願した。第一次世界大戦中も多くの若者が空軍に志願した。もちろん彼らの生存率は高くはない。「西部戦線の戦闘機乗りの平均寿命は二週間」ともいわれていたらしい。多くの若者が空に憧れ、空に散った。
空への憧れは、人間が内包する破壊衝動なのだろうか。
その衝動が破壊するものは、他者であるのか、自己であるのか。

飛行機の歴史は凶暴そのものである。それなのに、僕は飛行士達の話が好きだ。その理由を弁解がましく書くのはやめる。僕の中に凶暴なものがあるからだろう。日常だけでは窒息してしまう。   (p272)

本小文が書かれたのは1998年。『風立ちぬ』公開の10年以上も前である。

読書録

『人間の土地』
著者:サン=テグジュペリ
訳者:堀口大學
出版社:新潮社(新潮文庫
出版年:1955年(第85刷(第84刷改版だったらしい))

人間の土地 (新潮文庫)