読書録 地方生活の日々と読書

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レールのない時代を生きる『リアル30’s ”生きづらさ”を理解するために』

毎日新聞に連載された記事とその記事に対するtwitterの反響をまとめた一冊。
連載は第4部まであったが、本書では前半の1部と2部が取りあげられている。

第1部 働いてる?
第2部 変えてみる?

本書で取り上げるのは1978-1982年ごろに生まれ、バブル経済を小学校高学年から中学生で迎え、就職氷河期に社会に出た人々だ。ちょうど私の十歳ほど先輩にあたる。
同世代の記者が同世代の市井の人々にその生き様・仕事観を取材するというコンセプトであり、記事の反響と共に専門家(社会学者や青年ユニオンの方など)へのインタビュー、記者の方一人ひとりのメッセージも収録されている。私の好きな30代作家・津村記久子へのインタビューもある。
記事に対するツイートも「よくぞ言ってくれた」といったものから、「自分の周りに記事のような人はいない。特殊な例なんじゃないのか」といったものまで様々で面白いし、それなりに編集もされているのだろう、普通にネットで読むよりも読みやすい。(ちなみに本分は縦書きだが、ツイート部分は横書き)
SNS時代の本作りの例としても面白いのではないか。

人生のカタログ

本書は30代の方向けの本なのかもしれない。当たり前といえば当たり前だが、収録されているツイートも30代と思われる人のものが多い。
しかし「いろいろな世代の人に見てもらいたい」との意見もいくつかあったし、20代前半の私にも大変刺激的な本であった。私と同じく就活中の友人に薦めたくなった。

本書にはいろいろな生き方を選んだ、もしくは、余儀なくされている人々が多く出てくる。
言葉は悪いが人生のカタログのようなものである。
そしてこのカタログ的な情報こそ、私が求めていたものである。
カタログを一覧して思うのは、人生は様々で予測できないものである、という文学が言い尽した結論なのだけれども、その結論が色彩をもって迫ってくるところにこの本の凄さがある。

同じ人生はどこにもない。
同じ幸せはどこにもない。

当たり前の結論が、実際の人生のサンプルによって示される。このようなことは、あまりないのではないか。
もちろんネットで探せば、様々な人生の成功例・失敗例が表示されるのだろう。
しかし同じ時代の同じ世代の人生を並べることで、いわゆる「普通の人」の人生でもそれぞれ違う形があることが明らかになる。
そしてそのバラエティーさに富むこと。
生き方の多様化は事実であった。

人生のレール…書きながら考えてみる

ところで、人生はレールに例えられることがある。
就活をしていると、その見えないレールを意識することがある。
私は所謂「優等生」であった。能力ではなく、気質の問題だ。
自らの人生を振り返ってみると、見事に社会が提示するレールに乗って生きてきたことが分かる。
大きな問題も起こさず義務教育を終え、当たり前に普通科の高等学校へ進学し、大学進学という枠組みの中で学部選びに迷い大きな決断をした気になっていた。

今、私は就職活動というレールに乗っている。
誰かが作った仕組みに従ってエントリーシートを書き、説明会に参加し、面接に挑む。
ネット上には就活の問題点を指摘する声もあるが、私は何も批判することはできない。
このようなことをブログに書いているにも関わらず、レールから外れることが恐ろしい。就活の先のレールは見えないのだけれども、必死にレールにしがみつくしか出来ない。その不毛さには気づいている。見ないふりをしている。

見ないふりをしたところで意味はない。本書は言う。
レールはない。でも、レールがなくても、人間は生きていける。
本書に登場する人々は、誰ひとりとしてレールの上を歩いてはいなかった。
厳しい現実もある。でも登場する人々は、当たり前だが、生きている。
仕事だけが人生ではないし、仕事といっても就職ナビサイトにある会社への就社だけが仕事ではない。日本に会社は400万近くある。それぞれの会社にそれぞれの働き方はあるのだろう。

改めて人生のレールとは何か。
幻想である。それは分かっている。
なんで私は幻想にすがってしまうのだろう。
一体レールの先に求めるのは何なのだろう。
良い学校に入って、良い会社に入って、結婚して家庭を築いて、子どもを持って。
規格化された人生は、正直、羨ましい。
でもモデル通りの人生など、どこにもない。
見えないレールの終着点が、存在しない安定だとしたら、レールにしがみつく必要性はどこにあるのだろう。
そもそも私は先天性疾患の既往歴があるので、始めからレールに乗れていないとも言えるではないか。だとすれば、私は今、どのように自らの人生を歩くべきなのだろうか。

私は自らの人生を楽しめるだろうか。

生き方カタログ的な本書を読み、紙面上でしか知りあうこともないだろう他人の人生を追いながら、不謹慎だが面白い、と思った自分がいる。
事実は小説より奇なり。人生ほど面白いものはないのではないか。
私が本を好きなのも、様々な人生というものをフィクションだと分かった上でも知りたいからではないのか。
そういえば中学生時代推理小説にハマっていたが、謎解きよりも、殺人を犯すまで追いつめられた犯人の人生の背景や動機が明かされるところが好きだったのかもしれない。

私は私自身の人生を好きになることができるだろうか。
人生に「正解」というものを求めたり、他人と比較していたら、たぶん一生かけても好きにはなれないだろう。……と、書いたところでついつい正解を求めたり、比較したりしてしまうのだけれど。友人の内定に醜く嫉妬する浅ましさ。

本書を読み終えた後、毎日新聞HP上に公開されている第3部、第4部も一気読みしてしまった。
第3章は出産・育児に直面する女性たちを、第4章は働きやすい仕組みのある会社を、それぞれ取り上げている。
ちなみに本になっている第1部、第2部もインターネット上で読むことができる。
人生に迷っている方、ついつい正解を追い求めてしまう方、是非ご一読を。

読書録

『リアル30's"生きづらさ"を理解するために』
出版社:毎日新聞社
出版年:2012年

リアル30's