読書録 地方生活の日々と読書

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ミラン・クンデラ『別れのワルツ』

ミラン・クンデラにハマろうとしています。

ミラン・クンデラという名よりも、『存在の耐えられない軽さ』の著者と言った方が通じるだろうか。
私自身も、彼のことは、ボスミア出身で亡命経験があるということだけしか知らない。
しかしそれで十分。彼の著作には、人を惹きつける力がある。

『存在の耐えられない軽さ』は、ネット上で題名だけが一人歩きしているようにも思え、少し残念に思う。
読まずにいる方は是非一読してみてほしい。本書の冒頭にあるニーチェ永劫回帰や主題である「だが、本当に重さは恐ろしく、軽さは美しいのか」の件は良く分からないが、それでも面白い。深くは考えず、主人公たちの関係性を辿るだけでも十分に読み応えがあると思う。(誤った読み方なのだろうが。ちなみに私はサビナが好き)

『存在の耐えられない軽さ』『笑いと忘却の書』を読み、今朝『別れのワルツ』を読了した。
『別れのワルツ』は、まだ感想が書けそうなので、忘れないうちに書いておく。

ネタばれ『別れのワルツ』

――六週間、あれがないのよ  (p9)

ある意味、男にとって最も恐ろしい一言によって、この物語は幕が開ける。
あれ、とはもちろん生理である。
妊娠は人間が動物であるならば、常に喜ばしいことである。
しかし人間は人間なので、単純に喜んでばかりもいられない場合もある。悲しいことだが、実例はインターネットの海に溢れている。
この物語も、喜んでばかりもいられない場合に該当する。

舞台は小さな温泉街。その温泉は不妊に効果があるとし、不妊治療を主とする病院がある。
妊娠したのはその病院で看護師をするルージェナ。未婚。小さな町に捕らわれ続けるのが嫌で、一度だけ寝た有名なトランペット奏者を子どもの父親に選ぶ。
選ばれたトランペット奏者クリーマは、妻を愛するがゆえ浮気を繰り返す男である。彼はルージェナに出産を諦めるよう説得しに、慌てて温泉街へ向かう。

舞台の国はどうやら共産主義の国であり、中絶には委員会の承認がいる。本書は、ルージェナの妊娠を告げる電話から中絶の委員会が開かれるまでの五日間の物語である。

しかし簡単にことは運ばない。
物語は特色ある登場人物たちの登場により複雑に進んでいく。

資産家でキリスト教者の陽気なアメリカ人バートレフ。変人でドラムも叩くが、不妊治療に実績があるドクター・スクレタ。スクレタの友人で、生臭い政治の世界で生きてきたヤクブ。ヤクブの親友だった死刑囚の娘オルガ。それからルージェナの若い恋人フランティシェクに、クリーマの美しい妻カミラ。

温泉街という舞台に、登場人物たちが次つぎに登場し、会話や独白を重ねていく様はまるで演劇を見ているかのようである。偶然が偶然をよび、ちょっとした気まぐれがストーリーを大きく左右する。視点も舞台に合わせて飛び、私たち読者は、ある登場人物が、相手にばれていることを知りながら相手を思いやるために嘘をつく様を眺めることができる。また犬狩りや毒薬といった魅惑的なキーワードも出てきて、物語に絡んでくる。

クンデラの魅力=内省だと思う

そしてもちろんミラン・クンデラの魅力である登場人物たちの内省。
物語の形式、ストーリーは軽いが、扱う題材、背景は重い。だから登場人物たちは考えなければならない。
普通の小説の主人公はAと考えるところを、ミラン・クンデラの登場人物たちは、「Aか、だが本当にAだろうか」と逆接で続け、もう一周考える。中絶の話を扱うだけに、重い内省も続く。結論も出さねばならない。
彼らはそれぞれに悩み、考え、それぞれに自分の人生を歩んでいく。
悩みつつも、割り切り、行動する。
ちょうど私が、生きる選択なんて何一つできないままに生きていくように。

特に登場人物の一人ヤクブは、いつでも自殺できるようにと毒薬を持ち歩いていた。
毒薬を持つこと、自殺できる可能性を手中に収めていることで辛い人生を前向きに生きる、ということがとてつもなく贅沢に思えるのは私だけではないだろう。軽薄に聞こえるかもしれないが、私だって簡単に苦しまずに死ぬことができる薬があるのなら、お守り代わりに身につけたい。
物語中ではこの毒薬が衝撃の結末を引き起こすのだが。

初期の作品らしい。ミラン・クンデラといえば7部構成が有名らしいが、本書は5部構成である。初日、二日目…と五日目まで続く。五日目の事件に向けて、物語が収束していく様は読んでいて心地よい。
彼の書く小説はどうしてモテる男しか出てこないのか、などと思わなくもないが、もっといろいろな作品を読んでみたいと思う。
が、巡回範囲にある本屋には『存在の耐えられない軽さ』『笑いと忘却の書』と本書『別れのワルツ』しか置いてない。都会へ本屋巡りをするか、ネット通販か……趣味のための本は出来るだけ見て買いたいのだが。

別れのワルツ (集英社文庫)