読書録 地方生活の日々と読書

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『解錠師』 スティーブ・ハミルトン 

このミステリーがすごい! 2013海外編、および、週刊文春海外ミステリーベストテン海外部門で第1位を獲得した有名作。ようやく読みました。

ミステリ?

狭義のミステリの定義に従えば、本書は、ミステリではない。
解かれるべき謎はない。
しかし、犯罪はある。
何故なら、彼は、解錠師だから。
解錠師すなわち、金庫破り。
金属のピックを巧みに操り、どのような巧妙な金庫も開けて見せる。
この物語は、不幸の星の元に生まれた「奇跡の少年」が、ふとしたことから犯罪者の道に迷い込み、そしてそこから脱するまでの物語である。
クライムノエルにして、ラブロマンスにして、ビルディングストーリーなのだ。
物語は回想形式で語られる。
プロの金庫破りとなるまでの回想と、金庫破りとしての仕事の日々の回想が交互に語られる。
何故、彼は、金庫破りとなったのか。
どのように、彼は犯罪者の道から脱するのか。
答えを知るには、濃厚な回想世界を旅しなければならない。

芸は身を助けるとは言うものの

その芸を選ぶ際は慎重に選ばねばならない。
主人公マイクがふとしたきっかけで身につけてしまった芸はピッキングであった。
そしてその芸を、見せるべきではない相手に見せてしまったばっかりに、彼は犯罪者たちに利用される。
それにしても、彼の金庫破りの術は見事である。
犯罪、というよりも、神聖な儀式を見ているような気がしてくる。
原題は、「The Lock Artist」
鍵の芸術家。
鍵開け、金庫破りは、ひとつの芸術として本書には書かれている。

主人公の持つ芸は、もう一つある。
絵画の才である。
彼は、眼の前にないのもを記憶を頼りに正確に紙に描きだすことができる。
犯罪道具を詰め込んだバイクには、スケッチブックと鉛筆も詰め込まれている。
そしてこの絵画の才能が、物語の始まりと終わりを開く、大きな鍵となる。
何故なら、マイクは話すことができない。
八歳の彼を襲った悲劇の時、彼の話す能力は奪われてしまったのだ。
絵画が彼のコミュニケーションの手段となり、彼の魂を癒す歌となる。

読んでみて

犯罪ものの小説は好きだ。
特に本書のような甘美さのある非現実としての犯罪小説は好きだ。
その甘美さを支えるのは、主人公マイクの繊細さである。
彼の繊細さが、その語り口が、暴力的なシーンも多いはずなのに、血生臭くない上質なサスペンスを醸し出す。
本書には、「ゴースト」と呼ばれる金庫破りの師匠や、若く優雅な泥棒集団の綿密な犯罪計画など、好きな人間には堪らない設定がたくさん出てくる。
ちなみに私は、が好きである。
彼の計画した犯罪をもっと読みたかった。

本書は一種の冒険譚であり、ファンタジーでもある。
ポケットミステリで、427ページとなかなか読みごたえがあるが、面白い物語の要素がたっぷりと詰まっている。

解錠師〔ハヤカワ・ミステリ1854〕 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)