読書録 地方生活の日々と読書

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自由度高すぎなスリラーに騙される 『駄作』ジェシー・ケラーマン

最終章を読みながら嫌な予感を感じていた。

『駄作』ジェシー・ケラーマン
酷いタイトルだ、と思う。何故好き好んでこんなタイトルの本を読まないといけないのか。
原題は『Potboiler』。訳者あとがきによると「金目当ての通俗小説、もしくはそうした作品を書く作家」という意味らしい。

東京に出る予定があった。電車に乗り込んでから、道中で読もうと用意していた本(『悪霊』。祭りが終わったとこまで読んでいた)を忘れたことに気付いた。しょうがないので、乗り換え駅のキオスクで本を買う。
なかなかピンとくる本がなく、迷いに迷った末に手にしたのがこの本だった。
行き帰りの電車のなかと帰宅してからのベッドのなかで一気に読んだ。
以下、ネタばれ注意本当に注意。

本書は細かく章分けがされている。559ページで121章だ。
その121章
おかしい、と思った。

やけに文学チックなのだ。
私はスリラーを読んでいたはず。
確かに帯にも裏表紙にも「スリラー」とある。出版レーベルだって実績あるハヤカワ・ミステリ文庫だ。

プフェファコーンは自分自身を明け渡した。手脚を伸ばし、生命を招き入れた。最初に藻類がやってきた。  (p557)

そして、自分がすっかり騙されていたことに気付いた。
エドガー賞の候補になった作に言うのはなんだが、この物語はミステリでもスリラーでもない。
じゃあ何だ? 冒険小説? サスペンス? 既存のジャンルはしっくりこない。ということは、もしかして純文学?

いや、読みながらもおかしいとは感じていたのだ。

作中、主人公が死刑囚として投獄されるシーンがある。
が、彼はもちろん処刑されない。処刑日の朝、何者かの手引きによって脱獄するのだ。
だがその肝心な脱獄について本書はまったく触れていない。
そのシーンが書かれるべき88章には一文だけ、こうある。

88

プフェファコーンは脱獄した。

サスペンスやスリラーでは、脱獄シーンはもっとも重要なシーンであるはずだ。
主人公がどう知恵を絞り、危機を脱するのか。
刑務所のリタ・ヘイワースあるいはショーシャンクの空にで、一番盛り上がるのは、アンディーがこつこつと穴を掘って脱獄に成功し、刑務署長を陥れるシーンだろう。
そこが一文で終わってよいはずがない。私は 章を見て思わず笑ってしまった。
が、笑っている場合ではなかった。
私は賢明な読者として気づかねばならなかったのだ。

実際はまったく気がつかなかった。
この物語が「こういう」小説だということに。
善良な読者である私は「誰かを信じることができる世界」に生きているのである。

小説と自由

本書のテーマは「機械仕掛けの神」らしい。訳者あとがきに書いてあった。
無知な私は本文中に何回か出てくる「機械仕掛けの神」とはどういうことか分からなかった。

古代ギリシャ劇で、クレーンのようなものに吊られて登場し、すべてを一気に解決してしまう神々、もしくは英雄のことである。   (p563 訳者あとがき)

らしい。ご都合主義という反則技のことだ。

ところで反則技は、物語中においていけないことだろうか。
決してそうではない、と思う。
自殺願望のある女の子がいきなり現れ、高速道路に座りこんでしまったがために、主人公が交通事故を起こしあっさり死んでしまう、という展開ももちろん有りである(by『不滅』ミラン・クンデラ)
小説は自由であってよい。ただしご都合主義という自由が歓迎されないジャンルもある。

物語を「通俗小説」と「文学」に二分したときに、自由なのはむしろ「文学」であると思う。
「通俗小説」の方が、魔法だとか超能力とか宇宙旅行とか出てくるではないかと思うかもしれない。しかし「通俗小説」は、その物語の「設定」こそ非現実的にできるが、その後の展開はむしろその「設定」に縛られる。
「魔法の世界」は「魔法の世界」の論理に則って物語が進行しなければならない。
推理小説の謎は、必ず解き明かされなければならない。探偵が「飽きたからもう事件追うのはやめる」と言って、事件を投げ出してはいけないのである。
SFだって、ファンタジーだって、ご都合主義な展開は嫌われる。
これは悪いことではない。必ず謎が解けると分かっているからこそ、読者はミステリを楽しんで読めるのだ。
ジャンル小説の不文律は面白さの担保でもあるのだ。読者は全能の神がいきなり現れることを望まない。

その点「文学」はずっと自由だ。
「訳分からん」展開をするのも著者の勝手だ。ただしその試みが面白いかどうかを誰も保証しない。
が、私は「文学」が有する自由を愛したい。
訳分からん展開に眩暈するような読書もなかなかいいもんだ。
ご都合主義はダメ、論理が通ってない訳分からない展開はダメだとすると、多くの偉大な作品は生まれていなかっただろう。いきなり町に悪魔がやってきて、その手下の巨大猫が二足歩行で無賃乗車したっていいじゃないか(by巨匠とマルガリータミハイル・ブルガーコフ)

本書はとても自由である。
びっくりするほど自由である。
私は「本書はスリラーである」と思わせる著者の仕掛けに気づかず、読み進めてしまい、騙されたと思った。
本を読んで騙される。久々の感覚だ。騙されたのに、気持ちが良い。
スリラーという先入観を無くして、もう一度読みたい。

読書録

『駄作』
著者:ジェシー・ケラーマン
訳者:林香織
出版社:早川書房(ハヤカワ・ミステリ文庫)
出版年:2014年

駄作 (ハヤカワ・ミステリ文庫)