読書録 地方生活の日々と読書

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ちょっとマイナーな海洋冒険小説を読む J・メイスフィールド『ニワトリ号一番のり』

ときどき児童書というか、児童文学を読みたくなる。
とはいっても「子ども向けに書きました!」というような本(学校を舞台に子供が活躍する、みたいな)ではないもの。
対象年齢でいえば、小学校高学年や中学生向けの本になるのだろうか。中学生向けに書かれた本なんかに需要があるのかしらと思わなくもないが、私のような「子供むけの本を読みたい大人」が一定数いるのかもしれない。中学生にもなれば、大人が「子ども向け」とラべリングした本ではなく、各々の好みに合わせたジャンル小説なり文学なりを読むだろう。ラノベもあるし。

幸いなことに、近所の図書館には私の需要に合うような本が「子ども向けコーナー」とは別に「児童書コーナー」としてまとまっている。そのような棚から見つけた一冊を読んだ。
ジョン・メイスフィールド『ニワトリ号一番のり』
福音館古典童話シリーズ。このシリーズ、デザインも「いかにも」といった感じで好き。
そして本書の表紙は立派な帆船の絵。タイトルがいまいち好みに合わないが(「ニワトリ号」ってなんかちょっと……)、それを吹き飛ばすことのインパクト。裏表紙には帆船の各部の名前が図解してある。ちょっと岩波文庫版『白鯨』を思い出したが(この本にも船の各部の図解がある)、こちらの物語は捕鯨船ではなく快速帆船(クリッパー)。他の物語だと『奪略海域』の船がクリッパーだった気がする。

舞台は19世紀。海の上では帆船に混じり汽船が走るようになったころ。
中国からイギリスへと茶を運ぶ帆船たちは、毎年その年始めの茶を届けようと競争をしていた。
主人公はブラックゴーントレット号の若き二等航海士クルーザー。船長免許取得に向け、航海数を稼ぐため偶々このシナ航路の船に乗ることになった。競争に熱意を燃やす船長に率いられたブラックゴーントレット号は帆に貿易風を受け大西洋を北上するが……

以下、ネタばれ有り。面白かった!

読み始めると、止まらない。一気に読了。
面白かったが不思議な読後感だ。
なんというか、ドラマチックではない。もちろん悪い意味ではない。
子供向け、といっても、海の怪物やらが出てくるわけではない。あくまで現実に即した物語である。
だからだろうか。現代の物語作家なら、もっと持ち上げてドラマチックな展開にするだろうところをあっさりと終わらせていたりする。
海の男たちの微妙な心理を描きつつも、その心理(例えば、不満)が行動に発展(例えば、暴動)することはない。
一癖も二癖もある船乗りたちの過去についても過度に立ち入ることなく、ずんずんと物語を進めていく。過去を隠した医者?が出てくるが、彼が何故船に乗り込んだかも結局分からずじまいだ。そして過去が分からないからこそ、彼らが魅力的に見えてくる。
「ハリウッド映画なみの息もつかせぬ展開」、「トラウマの克服、過去が現在の説明をする」といった物語に馴れてしまった私には、逆に新鮮であった。大きな事件、素早い展開だけが、読者を引き込む魅力ではいのだ。すべての物事に対する合理的な説明なんて―確かに知ればすっきりするだろうが―必要ではないのだ。
次いでに加えると、この物語には恋愛要素も一切ない。出てくるのは老いも若きも男ばかり。男同士の友情もない。船上では孤独を貫くことも高級士官である主人公の職務なのである。板子一枚下は地獄の船生活を終えた後、男たちは握手一つであっさりと別れていく。そこには安っぽい感傷が入りこむ余地はない。

この本は、児童文学を「子供の本」だと思って油断してはいけない、ということを思い出させてくれる。
最先端の技術に対する反感や狂信の恐ろしさもこの本のモチーフになっている。
愛船の沈没に対するブラックゴーントレット号の船長の態度は、先の韓国船沈没事件や『ロード・ジム』を思い起こさせる。どちらがよい、悪いではないが。
ともかく、大人でも十分楽しめる本であることは間違いない。

「海洋詩人」

インターネットで著者のジョン・メイスフィールドと検索すると「海洋詩人」なる言葉が冠されていた。
「海洋詩人」、もうこの言葉がカッコイイ。
言葉選びや言葉の組み合わせというものはとても大事だ。
詩なら特にそうだろう。小説でもタイトルなどはこだわりどころだろう。
で、この本のタイトル。『ニワトリ号一番のり』。思いっきりネタばれ。
原題は『The Bird of Dawning』。船の名前だけ。こちらの方がいいなあ。
著者は若い頃船乗りとして世界中を回ったらしい。その後文学を志し、海や船乗りの詩を発表していたようである。
いいなあ、こういう生き方。処女詩集の名前は『海水のバラード』
ちなみに訳者も、高等商船学校で教鞭をとっていた方。本書は海のことをよく知った人に訳された幸運な本である。

読書録

『ニワトリ号一番のり』
著者:J・メイスフィールド
訳者:木島平次郎
出版社:福音館書店(福音館古典童話シリーズ7)
出版年:1967年

ニワトリ号一番のり (福音館古典童話シリーズ)