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アイスランドミステリ!アーナルデュル・インドリダソン『緑衣の女』

目が覚めて、大きなお屋敷で起こるどろどろ殺人劇が読みたいと思った。
金田一耕助でもいいが、舶来物でもいい。
日曜日の朝。
しかしそのような正統派推理小説は手元になかったので、現代的なミステリである『緑衣の女』を読んだ。

アイスランド・ミステリー

アイスランドからやってきた推理小説である。
アイスランド
火山? 温泉? 漁業? フィヨルド? デフォルト?
メルカトル図法の世界地図ではやたら大きく見える大西洋の島国である。
実際の面積は日本の三分の二程。
人口は約30万人。30万人……私の住む町より少し多いぐらいだ。

この物語にはアイスランドの現代史が関わっている。

開発中の住宅地の地中から人骨の一部が発見されたことにより物語は始まる。
主人公であり探偵役は、犯罪捜査官エーレンデュル。叩き上げの優秀な警官で50代のバツ一。
普通のミステリであれば、死体はついこの間殺された人間のものであり、犯人は捕まえるべきであり、警察や探偵はその犯人探しに躍起になる。
いつ、どうやって殺されたのか。死体はどうやって遺棄したのか。アリバイ、証拠、トリック、動機。
だが、発見された遺体は60-70年前に亡くなった人のものであった。
第二次世界大戦中に埋められたのだろうとのことだった。
イギリスやアメリカの軍隊がアイスランドにやってきていたころの話である。
以下、ネタばれ有り。

謎は解かれていく、が…

物語はある母親およびその息子の回想と、現在の捜査の様子という二つの時間軸によって流れていく。
エーレンデュルは、死体発見現場の近くに並ぶスグリの木を手掛かりにして過去の真実を探っていく。また同時に埋められている死体を「発掘」する作業もゆっくりとだが行われていく。
そう物語時間の大半において、死体はまだその全景をエーレンデュルに見せないのだ。
サスペンス物とは全く逆の、のんびりとした時間の流れがこのミステリには流れている。急ぐことはないのだ。

だが、急ぐことはない=深刻ではない、ではない。
明かされた真実はとてもシリアスなものだった。
この物語は家庭内暴力の末の悲劇である。
回想パートでは、暴力を受けるある母親の痛々しい描写も続く。
善良だった夫が突然見せる力に反応できなかった最初の虐待と、暴力の末に「逃げられない」と思いこんでいく様子が痛い。虐待の連鎖も書かれている。被害者が加害者に逆転する哀しさ。
さりげなく挟まれている親族によるレイプの末の自殺事件も痛い。

前作『湿地』よりもさらに、犯罪の背景や社会的弱者に対する視線が強く感じられる。
このミステリのテーマは「家庭」であろうが、被害者‐加害者家庭だけではなく、エーレンデュルの生家や自身の離婚顛末と親子関係、後輩シグルデュル=オーリの結婚などについても書かれている。
特に、エーレンデュルの娘エヴァとは、前作の終わりでいい方向に向かうようにみえていたのに、本作では最悪なことに陥ってる。別れた妻も登場。

一気読み

結局、一気読みした。
ミステリっぽくないミステリだが、最後はちゃんと謎はすべて解ける。
だが何ともいえない、後味の悪さも覚える。
ミステリの持つゲーム性を削ぎ落し、現実性を加味した作品だからだろう。
アーナルデュル・インドリダソンの書き出す人物は「記号」ではなく「個人」である。
訳者あとがきには、作者の言葉としてこうある。

私は殺人事件が起きる背景に焦点を当てたい。なぜその人が殺されたのか。日常的な風景、平和な暮しの営みとそこに生きる人間を描き、その中で殺人事件が起こることの意味を考えたいのです。殺すに至るまでの課程を理解したいのです。  (p358)

私がミステリを好む意味もここにあるのかもしれない。
よくよく考えればミステリでは、昔からトリックが明かされる場面よりも動機が明かされる場面の方が好きだった。
ミステリでは「特に理由はないけど殺しました」はルール違反だ。だから必ず動機は語られる。

殺人を犯すというある意味究極の心理状態を知りたい。
人間がどういう生き物なのか知りたい。
このような心理が今も私にミステリを手に取らせるのかもしれない。

ということで続編期待。

読書録

『緑衣の女』
著者:アーナルデュル・インドリダソン
訳者:柳沢由美子
出版社:東京創元社

緑衣の女

「訳者あとがき」に、「この「訳者あとがき」は本文のあとにお読みください。」との一文があり大変良いと思う。