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カーター・ディクスン『黒死荘の殺人』【ネタバレなし読書感想】

 カーター・ディクスン『黒死荘の殺人』を読んだ。

 カーター・ディクスンあるいはジョン・ディクスン・カーのことを知ったのは、綾辻行人十角館の殺人を読んだときであった。『十角館の殺人』には、登場人物たちの渾名として、古典ミステリ作家の名前がつけられている。私はこの本でミステリ界では誰もが知ってる常識レベルの海外ミステリ作家たちの名前を学んだのである。小学六年生のときだった。
 『十角館の殺人』によりミステリに目覚めた私は、新本格派の日本人作家の本を漁ると同時に、この小説に出てきた古典ミステリ作家たちの本を図書館で探すようになった。

 だが運の悪いことに、その頃通っていた図書館は、カーの品ぞろえが悪かった。
 だからといって司書さんに閉架棚を探してもらったり、他の図書館から取り寄せてもらうほど執着心はなかった。カー以外にも、読みたい作者の本はいっぱいあった。
 本棚に並んでいた『絞首台の謎』は読んだが、探偵役のバンコランを大して好きにならなかったことも執着したかった一因だろう。

『殺人者と恐喝者』を読んだ。

と いうことで、ミステリにハマっていた中学生時代はカーをあまり読んではこなかったのだけれど、ミステリ作家の書くエッセイなどを読んでいると、根強い人気があるようで、しょっちゅうその名や探偵役の名が出てくる。やはり読んでおくべきだろう。
 近頃は、ときおり図書館で借りたり、古本屋で買ったりして読んでいる。
 そして二週間ぐらい前、何気なく手に取った『殺人者と恐喝者』が思いのほか面白かった。ただ『殺人者と恐喝者』をネットで調べると、そのトリックなどからあまり評判はよくない。設定もトリックも、私は好きなんだけどなー。

 『殺人者と恐喝者』は、カーター・ディクスン名義で書かれており、探偵役はヘンリー・メイヴェル卿(H・M)だ。ハゲで小太りで尊大なアクの強いおもろい爺さん、といったイメージ。このヘンリー・メイヴェル卿が初めて登場したのが今回読んだ『黒死荘の殺人』である。こちらはなかなか評判がよい。

『黒死荘の殺人』

 ところで、この題名をみて、まず何を思い浮かべたか。小栗虫太郎『黒死館の殺人』であった。漢字一文字違い!
 もちろん内容はまったく違う。類似点は殺人が起こる、という点ぐらいか。豪華絢爛なレトリックで読んでも読んでも描写が続く、なんてこともなかった。
 この作品、ハヤカワ書房では『プレーグ・コートの殺人』という題名で出ている。今回読んだものは、2012年にでた創元社の新訳である。原題は『The Plague Court Murders』。どちらでもよいが、和訳してくれた方がおどろおどろしい感じがしてよい気がする。 ちなみに講談社からは『黒死荘殺人事件』の題名で出ているよう。これだけ訳があるということはそれだけ多くの人に読み継がれてきた、ということだろう。

 その題名の通り、舞台となるのは黒死荘と呼ばれる屋敷である。
 これがまた幽霊屋敷と名高いボロ屋敷で、れっきとした因縁がある。17世紀の黒死病の時代、ペストにかかった死刑執行人の死体をその庭に埋めたという……事件はそんな場所で、怪しげな心霊学者とその信者たちが祈祷を行っている最中に起こる。
 しかも殺人事件現場は完璧なる密室。死体は離れの石室で見つかるのだが、部屋の内側から鍵がかかっているだけではなく、その石室の周りには出入りする足跡もなければ、窓から出入りしたり、木などを使い屋根に上ることも不可能という……さすが密室談義を書いた著者だけある。もうほんと、幽霊に殺されたとしか思えないような舞台設定だ。

 物語の前三分の一は、屋敷の恐ろしげな描写が続く。まるで幽霊譚を読んでいるようでもある。小道具も効いている。蝋人形とか。殺されたネコとか。ライフマスク(生きてる人間の顔から型を取ったお面)とか。
 そこの本が書かれた時代は、まだ、夜がずっと暗く静かだった。発表されたのは1934年だ。ネオンの明かりなんてもちろんない。個人的に一番、闇の深さを感じた描写が以下。夜、黒死荘へ向かうための小路を抜けるシーン。

「閉所恐怖症」という変な名前で呼ばれているが、人は狭い場所に閉じ込められていると、せめて何に囲まれているのかくらいは知りたいと思うものだ。誰かの話し声が聞こえるような気になることもあるが、今がまさにそれだった。高い煉瓦塀のトンネルの中で、ハリディが突然足を止める――彼が先頭、私がその後に続き、マスターズがしんがりを務めていたが、三人が三人とも、自分たちの足音の反響に驚き立ち止まってしまった。  (p40)

 そりゃあ幽霊を信じる人間も多かったろう。この後彼らは、ようやく懐中電灯灯をつける。
 けれどもクライマックスに行われる謎解きは、幽霊なんてどこにも出てこない。
 あくまで、人間が人間の肉体を持ってして行われた殺人であったことが解き明かされる。
 というか超有名なトリックが使われている。私でも知っていた。子ども向けの「探偵辞典」みたいな本に載っていた気がする。もちろん、謎解きシーンまで、トリックも犯人も気づかなかったけど。

 それにしても、読んだ後に思うのは、見事に張り巡らされていた伏線である。
 あれがここにつながるのか、あれもトリックを見破るためのヒントだったのか、と謎解きの後、驚いた。
 これぞ本格ミステリである。

黒死荘の殺人 (創元推理文庫)