読書録 本読みの貪欲

近畿地方の某田舎町で一人暮らし中。

読書週間!松岡正剛『読書術』

図書館で「読書週間」のポスターを見た。公益社団法人読書推進運動協議会によると2014年の読書週間は10/27‐11/9である。標語は「めくる めぐる 本の世界」。標語にはあまり詩的センスを感じないが、ポスターのイラスト(子どもが木造帆船の傍らで本を読んでいる)は結構好きだ。

読書週間だから何かをするということはなく、いつも通り本を読んでいる。平常運転。
だけどせっかくなので最近読んだ読書論の本を紹介しようと思う。松岡正剛『多読術』

趣味の読書では、本なんて好きに読めばよいと思う。
目的あっての読書ならば(何かを学ぶ、身につけるなど)、その最適な方法を探ることにも意味はあるだろうが、単なる楽しみのための読書では、人それぞれ好きなように読めばよいと思う。実際、本好きの多くは各自の読書スタイルを築いていることだろう。本を読めば読むほど、読書という行為はそれぞれの個人に最適化した方式に変化していく。だから人の数だけ読書論はあるだろうし、その差異を知ることは面白い。
逆にいえば、私は読書の方法論の本を読んで、読書の方法を変えることはほとんどない。参考にされない参考書。まあ、ほんと、ただの楽しみである。

松岡正剛という名は、webページ「千夜千冊」で知った。「千夜千冊」は、膨大な量の読書エッセイサイトである。紹介されている本は1500冊以上になる。一冊に対する感想の量も普通のブログとは桁違いに多い。本の題名や著者名で検索をかけると、このページがひっかかることも多々ある。
膨大な量の本を読んできた人が書いた「多読術」。気になる。しかも出ているレーベルはちくまプリマー新書

この本は、著者松岡正剛氏の読書に対するスタンス探るためのインタビューをまとめたものだ。著者にとって本とは何かということから幼少期の読書歴、「編集読書」なる読書論の紹介までと結構ボリュームがある。
著者は本文を読む前に目次をしっかりと読むことを勧めている。なので私もここに目次をひこう。

第一章 多読・少読・広読・狭読
第二章 多様性を育てていく
第三章 読書の方法をさぐる
第四章 読書することは編集すること
第五章 自分に合った読書スタイル
第六章 キーブックを選ぶ
第七章 読書の未来
 あとがき「珈琲を手にとる前に」

ちなみに私は目次は読まないことが多い。だって早く本文読みたいし。目次を読んで何が書かれているか予想しながら読むことを勧められているが、予備知識何もなしで読むほうが私は好きだ。

読書論いろいろ

紹介されている読書についてのいろいろについて、個人的には「その通り!」と膝を打ったものと「面白そうだけど私はそうではないな」と思ったことが半々ぐらいであった。

「その通り!」と思ったもので、一番納得したものは「読書は本を読む前から始まっている」ということだ。
どこで、どのような姿勢で、どんな心理状態で読むのか、といったことも読書の大切な要素である。いや、書店に行く時点で読書は始まっているのだ。
私はこうして読書感想ブログを書いているが、書評を書きたいわけではないので、本の中身についてだけではなく、読書周辺の事柄についても書いていきたいと思います。

「私はそうではないな」と思ったのは「編集読書」という方法についてである。
編集読書とは、本の内容を抽出、分類し、また他の本と比較し、自分のなかで再構築するということだ。本にマーキングをし、年号を抜き出し年表を作成し、本棚の本を並べ変える。本と本を有機的に結べつける。
すごいな、とは思う。しかし絶対に実行はできないだろうなとも思う。
何故か。まずそこに楽しみを見つけられないからだ。ある種のコレクター気質がなければ「編集読書」はできないだろう。

本文中に、読書を昆虫採集に見立てているところがある。
「編集読書」を昆虫採集に例えてみると、昆虫を採集した後に標本箱に納めていくことにあたるだろう。分類学的。過去に読んだ本と似た要素、あるいは差異を見つけ、並べていく。一般的な分類方法はある。しかし個人の標本箱に納めるのならば、分類方法は自由である。その分類方法を発明していく過程も楽しみの一つなのだろうと思う。

「編集読書」とは逆の読書方の一つに、「精読」があるだろう。著者は多読と少読は同じものだと言うが、全ての本を精読していれば、千冊もの読書エッセイは書けないだろう。「精読」も昆虫採集に例えてみる。捕まえた虫を飼育観察することにあたるのではないか。生態学的とでも言おうか。一匹の虫をじっくりと観察するように、一冊の本をしっかりと読み込む。多くの虫を水槽に入れてしまったら、一匹の動きを追うことは難しくなる。

では私の読書はどうなるのか。虫採りの過程自体を楽しむ、とでも言おうか。捕らえた虫はコレクションするでも、観察するでもない。一応、とった虫の名前ぐらいはメモしておくが、それで終わり。一匹捕まえたら次の一匹を探しに出かけていく。そんな読書をしている気がする。

すべての虫好きが、膨大な昆虫標本コレクションを持ちたいと思っているわけでも、ある種の虫の行動を解明に一生を注ぎたいと考えているわけでもないように、読書に対するスタンスも人それぞれなのであり、そして、どの方法が正しいというわけでもない。ある生物を知ろうと思えば、分類学と生態学両方のアプローチが必要なのである。そしてそのような研究には「深くは知らなくてもいいけど、でもちょっと面白そう」と思う一般市民の応援が必要なのである。科研費は税金だ。

長々と書いているが、よく分からなくなってきた。
最後に気にいった一節を。

世の中に酒豪とよばれる人がいっぱいいるように、読書家や多読家はたくさんいるものです。本豪ですね。  (p8)

読書録

『多読術』
著者:松岡正剛
出版社:筑摩書房(ちくまプリマー新書106)
出版年:2009年

多読術 (ちくまプリマー新書)

広告を非表示にする