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読書録 本読みの貪欲

近畿地方の某田舎町で一人暮らし中。

2015年はじめの一冊 開高健『人とこの世界』

 年末から年始にかけて読んでいた本の感想を書いておこうと思う。開高健の人物エッセイ『人とこの世界』

 人物エッセイと書いたが、適当な語が見当たらない。裏表紙のあらすじには「人物フィクション」という言葉がある。著者は、作家や詩人や芸術家について、その人との思い出や対談や著作物をもとに、その姿を炙り出していく。一人ひとりについてのページは少ない(340ページの文庫に12人取り上げている)。なので、その人の全てがこれを読むことで分かるわけではない。しかし、著者独自の視点から強力なスポットライトを当てることで、それぞれの人の持つ個性が強烈に光っている。もはやどの人も「魅力的」を通りこして「あく強すぎ、本で読むならいいけどけどリアルではちょっと近づきたくない」といった風。目次は以下。

行動する怠惰 広津和郎
自由人の条件 きだみのる
マクロの世界へ 大岡昇平
誰を方舟に残すか 武田泰淳
不穏な漂泊者 金子光晴
カゲロウから牙国家へ 今西錦司
手と足の貴種流離 深沢七郎
流亡と籠城 島尾敏雄
惨禍と優雅 古沢岩美
"思い屈した" 井伏鱒二
絶対的自由と手と 石川淳
地図のない旅人 田村隆一
あとがき
解説 佐野眞一

 取り上げられた人は、「知ってる、あの作家ね」という人と「誰?」という人がいた。取り上げられている人を一言で表わすと「昭和の文化人」となるのだろうか。この本は昭和42年から45年にかけて「文芸」に発表されたものをまとめたものであるらしい。昭和42年は1967年だ。1960年代。まだ戦争の後が色濃く残っていた時代である。この本の行間からは、生と死が今よりもずっと近かったころの臭いが立ちのぼっている。
 今とはまったく違った空気だったのだろうなと思う。この本のなかには、今となっては受け入れられないようなことも書かれている。個々人の自由度は高そうだが、その分迷惑を掛けられたことも多かったのだろう。時代を越えて通用する人間になることは難しいのかもなあと思う。
 他にも、『誰をハコブネに残すか』では、武田泰淳と人口増加問題について対談しているが、今日本や東アジアで問題になっているのは少子高齢化、人口減少である。平成もそろそろアラサ-だ。昭和は遠くになりにけり。

この一ページがすごかった。

 と書いてはみたが、私が感銘を受けたのは、昭和という時代も戦争も文学も芸術も関係ない、ほんの1ページの一部分。本を読んでいると、ものすごく惹かれる1句や1文や1ページに出会うことがある。出会わないことも多いので、出会いは大切にしたい。だから、このエントリーを書いている。
 それは『自由人の条件』のなかの一節。

若い頃、私が人生問題に私なりに浅薄な考え方をしていた時分、人生に或いは人生のある時に一つの目的を持っていた人々がどれだけ羨ましかったか知れない。

 これはきだみのるの『南氷洋という紀行文の引用らしい。この一文とそれに続く数行に対し、開高健はこう書く。

 ここにもまたボードレエルの、あの、《たえず何かに酔っていなくてはいけない》という古い叫びの新しいこだまがあるようではないか。私は自分のことをいわれているような気がする。それから私の周囲にたくさん発見できる右や左の《イデオロ》を信じているようなそぶりをすることに苦しい、ときにはみじめな、またしばしば滑稽な自己との争いを演じている人びとのことも語られている気がする。

 これらの文章を読み私は救われたように感じた。私だけではなかったのだ、という安堵。上の「右や左の《イデオロ》」は、現代では「やりがい」や「自分の好きな仕事や趣味」、あるいは「ブログを更新して人生を豊かにする」といった言葉にも置きかえることができるだろう。

 自分の好きなことが明確で、一つの目標に向かって努力できればどれだけ幸せだろうと思う。そのような人を見ると、素直に応援したくなるし、素敵な生き方をしているなと思う。
 でも自分にできるかといえば無理だ。

 社会は芯の通った人を評価する。就活で嫌と言うほど聞いた、「自分の軸を明確にしよう」。普通の人は皆、明確な軸を持って生きているのだろうか、とよく思った。ふらふらしてばかりの自分が情けなかった。これといった人生の目標はないし、好きなものもころころ変わるし、気分屋だし、夢中になるもの熱中するものも特にない。人や物を好きになるときも、その好きになっている自分も含めどこか冷静に客観視している自分がいる。
 幼い頃から続けているのは、本当に読書ぐらいだ。そんな人生を歩んでいるときに出会った言葉。ああ、夢中になれないことに悩んでいるのは私だけじゃなかったのだ。

 とりあえずボードレールの詩集をネットで注文した。
 就活の自己分析は「軸を一つに決めないことが私の軸だ」などと無理やり自分に説明をつけて乗り切った。
 もう少しだけ、ふらふらしながらも生きてみようと思う。

読書録

『人とこの世界』
著者:開高健
出版社:筑摩書房(ちくま文庫
出版年:2009年
 もともとは中公文庫から1990年に出版されていた模様。

人とこの世界 (ちくま文庫)