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読書録 本読みの貪欲

近畿地方の某田舎町で一人暮らし中。

会社の中に潜む詩 『現代詩文庫 179 四元康祐詩集』

 シルバーウィークが終わってしまった。
 聞いた話によれば次にシルバーウィークが5連休になるのは11年後とのこと。
 ブルーマンデーサザエさん症候群、休み明けの出勤を嘆く言葉は数あれど、嘆いたところで出社日はやってくる。

 さて。シルバーウィーク。久しぶりに都会へ行ってきた。

 最近、私の中では「都会へ行く」=「本屋へ行く」=「詩集を買う」という行動様式が確立されつつある。
 今回もその例に漏れず、都会へ行くついでに本屋へ行き、都会の大型書店にしか設けられていないであろう詩集コーナーへと行ってきた。昨日行った本屋はいい本屋さんだったので、詩集(短歌、俳句の本を除く)の棚が一つしっかりと確保されていた。
 そこで迷いに迷った末に買ったのが、『現代詩文庫 179 四元康祐詩集』である。

四元康祐の詩が好きだ

 現代詩はまだまだ勉強不足でどの詩人がオススメか、なんて書けないのだけれど、好きな現代詩の詩人を一人あげろといわれたら四元康祐の名前をあげる。そのくせ今まで、彼の詩集を一冊も持っていなかった。
 この現代詩文庫には、第一詩集『笑うバグ』のすべての詩をはじめ、『世界中年会議』『噤みの午後』『ゴールデンアワーといった詩集に収録された詩やエッセイが収録されている。読み応えは抜群。一冊持つにはよいだろう(いや、機会があれば別の詩集も欲しい!)。

 四元康祐の詩の魅力はなんだろう。

 簡単に説明できたら、詩はいらない。だけどあえて言語化すれば、題材の身近さだろう。私達が身近に接しているもの――空の青さ?いや、現代に生きる私達が本当に身近に、空気のように接しているのは、花や森や風ではなく、目の前の箱が映す記号の羅列であり、この肌を取り囲む資本主義的社会なのである。そんなものが詩になるのか。詩になるのである。
 詩人に歌われたそれら――『会計』『秘書』オプション取引――は、しかし、詩の中でぬるりと変容し、読者の前にまったく別の質感をもった「何か」として立ち現れる。彼の詩を読んでいると、確固としてあるはずの資本主義的世界が、実は、柔らかく血を持った生物であるのではないか、そんな気がしてくる。
 うーん、やはり、上手く言葉にできない。読んでみてください、というしかないか。
 さいごに、表紙に引用されている詩『負債の証券化について』の後半部をひこう。

 たとえば路上にたたずむ娼婦の胸に
 故知らず湧き上がる嫌な予感
 その感覚は証券化により流通可能に標準化され
 全世界の都市から農村へと忽ちにして伝播され
 その波から逃れることは
 水牛の背に止まる小鳥にも不可能なので
 オプションあるいは
 スワップ等のヘッジング取引を介して
 速やかに青空へ飛び去ることが望ましい

 詩はどこにでも潜んでいる。私が勤める、詩や詩情からはもっとも遠いと思われる職場にも、きっと。
 そう思うと、会社へ行くのも少し楽しみに・・・・・・ならないか。
 
四元康祐詩集 (現代詩文庫)