読書録 地方生活の日々と読書

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SF初心者の読む『夏への扉』ロバート・A・ハインライン

SF小説をあまり読んだことがない。
なぜならばSFを読む習慣がないから。
読書において習慣というものはとても大事だ。
本屋へ行き、無意識のうちに推理小説を探す一方でSF小説は無視している自分がいる。
いくら本屋へ通ってもSF小説に出会わないわけだ。

二年前の夏。
私は幸運にも、友人からSF小説を勧められた。
伊藤計劃虐殺器官である。戦慄した。文句なしに面白かった。
それからSFを集中的に読み漁り……ということもなく2年が過ぎた。
相変わらず本屋では、ポケミスを眺め「高いよー文庫になってよー」と思う日々を送っている。
が、あの夏から意識のなかにSFというアンテナが立ったのも事実で、それとはなしに有名なSF小説の名前を覚えていった。評価が集中している小説というものは、どのようなジャンルにもあるものだ。

とりあえず有名作から読んでみようということで、半年に一度ぐらい、SF小説を手に取っている。
『ハーモニー』『1984年』『電気羊はアンドロイドの夢を見るか』と読み進めてきた。
王道なのか?無難な選択なのか?SF界をしらな過ぎて、何を選んでよいのか分からない。が、まあ、面白かったので良し。
久しぶりにSF小説の気分になった先日は、夏への扉を購入した。
はじめてのタイムトラベル物だ。
新訳・新装版(訳者:小尾芙佐)も出ているようですが、福島正実のものを、SFっぽく電子書籍で。
以下、感想。ネタばれ注意!

前評判は「猫小説」

ネット上の感想で「猫小説」との話があった。巻頭の言葉にもこうある。

A・P、
ふぃりす、
ミックとアンネットほか
世のすべての猫好きに
この本を捧げる

が、主人公の飼い猫である猫ピートの出番はそれほどでもなかった、と思う。
SFだし、猫ぐらいしゃべるんじゃないかと思ったがそんなこともなし。
いやそもそも、SF=奇想天外別世界との固定観念が未だにあるが、そろそろ認識を改めなければならないのだろう。
物語世界はやけに現実的だった。タイムマシンがあることや、冷凍催眠技術があることを除いては。

経済小説

むしろ本書は経済小説とも読めるのではないか。

本書が発表されたのは1956年。
舞台となる世界の「現代」は1970年。
そして冷凍睡眠により訪れる「未来」が2000年。

この物語は50年以上も前に書かれたものなのだ。
そして描かれた「未来」は、読者である私にとってはすでに「過去」である。

それでも本書の魅力は色あせない。
それは1970年でも2000年でも現代でも「生活には金がかかる」という事実は不変だからだ。

主人公ダンは優秀な技術者である。しかも目の付けどころがよい。
彼は家事に目を付けた。
それだけではない。彼は気づいていた。何が求められているのかを。

ぼくは家そのものに自動装置を施したスイッチ式の家などを工夫しようとはしなかった。女はそんなものを望みはしない。彼女らの望んでいるのは、たとえ崖の下の洞窟でも、その中に便利な家具類の備わった家なのだ。

ダンはこうして自ら発明した家事用ロボットを、親友マイルズと共に売り出し成功した。
起こした会社の経営責任者であったが、彼は開発に夢中で、経営はマイルズや秘書であり婚約者であるベルに任せきりだった。
このことが災いしマイルズとベルに会社を騙し取られてしまう。
オマケに自ら開発したロボットの特許まで取られてしまう。
すべてに嫌気がさしたダンは愛猫ピートと共に、30年後の2000年まで冷凍睡眠で眠り続けることを選択する。
ちゃっかり残った財産で株を買っている。30年後に株価が上がることを夢見て。

50年代に特許を扱った小説が書かれていたのだ。アメリカは凄い。
また冷凍催眠を行っている会社が保険会社だという設定も面白い。
冷凍睡眠している間、保険会社がその人の資産を運用するのである。

保険会社の謳い文句に曰く”財産は睡眠中に創られる”あなたの貯蓄が、眠っているあいだになんと倍にもなる!かりに、あなたが五十五で、隠退後の年金が月額二百ドルだとしよう。そこで冷凍睡眠に入り、なん年か眠って身が覚めると、あなたは依然として五十五のまま、しかも年金は千ドルになっているというわけだ。いかがですか? しかも、あなたの目を覚ます輝かしい新時代が、あなたに、いまよりはるかに健康な老後と長寿を約束し、したがってその月額千ドルも、いまの数層倍使いでのあるものになるであろうことはいうを俟たない。さあどうだまいったか。

すごい売り文句だ。今も昔も変わらない人間の浅ましさ。

未来を信じる力。

その後ダンは過去に戻ったり、また来たりして、ハッピーエンドを迎える。
上手く要約できないので割愛するが、過去のそれと未来のこれが繋がるのか、という感じ。後半はパズルがカチっとハマっていくようで面白い。

しかし読んでいて一番印象に残ったのは、作中に溢れている未来への信頼である。
彼は訪れた先の2000年を決して否定しない。30年後に目が覚めたダンは、自らの技術が時代遅れになっていることに気づく。それでも落胆しない。彼は最新の技術に追いつくために、当たり前のように勉強したのだった。30年後の未来で生活していくために。
この未来は良くなる、ということを無邪気なまでに信奉する姿勢が、私には眩しかった。
未来が輝かしいものであった時代が確かにあったのだ。
未来や将来というものを考えるとき、私はつい悪いことを想像してしまう。
両親作って私が育った家庭よりも、私がこれから作る家庭の方が生活水準は低いだろうなという直感がある。
そもそも家庭を作れるのだろうか、という不安ももちろんあるが。
どうしてこんなに悲観的なのだろう?
バブル後に生まれ、経済の悪化と共に育ってきたからだろうか。
メディアには良いニュースではなく悪いニュースが溢れているからだろうか。
時代のせいにしたところでしょうがないのだけれど、つい考えてしまう。
私はダンのように決して楽観できないだろう。

そして未来は、いずれにしろ過去にまさる。誰がなんといおうと、世界は日に日に良くなりまさりつつあるのだ。人間精神が、その環境に順応して徐々に環境に働きかけ、両手で、器械で、かんで、科学と技術で、新しい、よりよい世界を築いてゆくのだ。

本音を言うと、このように言い切ることができるダンがとてもうらやましい。
進歩した科学技術を享受する生活のなかで、私は未来を信じる力を失ってしまったようだ。
世界は徐々に良くなる。そう信じるだけで、世界は私に違った顔を見せてくれるのかもしれない。

読書録
夏への扉
著者:ロバート・A・ハインライン
訳者:福島正実
出版社:早川書房

夏への扉