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ブルータス、お前もか…シェイクスピア『ジュリアス・シーザー』【読書感想】

ジュリアス・シーザーラテン語読みではユリウス・カエサルといえば名セリフ「ブルータス、お前もか」
この言葉を有名にしたと思われるのが、シェイクスピアの悲劇ジュリアス・シーザーである。未読だったが、ちくま文庫シェイクスピア全集で新たに出版されたのを期に読んでみた。

想像と違った。

読んで、読む前に抱いていたイメージとだいぶ違っており、驚いた。
想像と違ったこと。

一、主人公はシーザーではない。
二、「ブルータス、お前もか」は、クライマックスのセリフではない。

主人公に関してだが、題名と反しジュリアス・シーザーではなく、ブルータスである。シーザーはセリフも、登場シーンもブルータスと比べるとずっと少ない。そして物語の半ばで暗殺されてしまう。五幕構成の劇だが、暗殺シーンは第三幕である。そしてこの三幕目に有名なセリフがある。ちくま文庫松岡和子訳によればこうだ。

 (一同、シーザーを刺す)
シーザー お前もか、ブルータス? ――ならば死ね、シーザー
 (死ぬ)

抵抗もなく、あっという間にシーザーは死んでしまう。シーザーの生死がメインではないとすると、この戯曲はどのような物語なのか。

ブルータスに視線を向けてみる。戯曲全体を通しブルータスは高潔な人物として描かれている。この戯曲は、この高潔な人物が、友人でありローマのヒーローであるシーザーを殺すことを決意し、実行し、しかし暗殺することで手に入れるはずだったものをその高潔さゆえに逃し、ローマから追われる立場になってしまうまでの物語である。
物語はシーザーがローマに凱旋してきたところから始まる。数々の勝利をおさめ、ローマの英雄であるシーザーは、しかし英雄がゆえに、かつての友人らから嫉妬されていた。さらにシーザーが王位につくのではないかとの噂もあり、その嫉妬心は殺意にまで膨れ上がっている。そんな友人らのなかにあって、ブルータスは特殊である。彼は、嫉妬心ではなく一人の人間が全権力を掌握することに対し憂慮を抱く。シーザーが王位につくということは、ローマの共和政治が崩れ専制政治に移るということである。ローマの未来のために、ブルータスは暗殺計画に加わることを決意する。
暗殺は成功した。しかし、彼のローマを思う心は民衆に伝わらない。シーザーの右腕であったアントニーによって扇動された民衆は、ブルータスらをローマから追放する。

市民一同 さあ、燃えさしを持ってこい、おい! 松明を持ってこい! ブルータスの家だ、キャシアスの家だ、ぜんぶ焼いちまえ! 何人かはディーシアスの家へ行け、キャシカの家にもだ、リゲリアスの家にもだ! さあ、行け!

ブルータスはローマのために友を裏切ったが、ローマの運命に裏切られたのだった。悲劇である。戯曲の原題は『The Tragedy of Julus Ceasar』ジュリアス・シーザーの悲劇」。友人に殺されてしまったジュリアス・シーザーだけの悲劇ではなく、彼の暗殺に関わった多くの人々にとっての悲劇である。

その後のローマ

読み終えてから、その後ローマはどうなったのかが気になった。世界史の本をぱらぱらと捲る。
ブルータスらの奮闘も空しく、ローマの共和制は帝政へと移行する。五賢帝の時代である。ブルータスの心配は杞憂に終わる。五賢帝の治めた200年あまり、ローマの平和は続く。パクス・ロマーナ『自省録』を書いたマルクス・アウレリウス五賢帝の一人だ。もっとも、永遠に平和で繁栄した国家が今までの歴史には存在しないように、ローマ帝国もやがては衰退していくのだが。

でも、ブルータスの心配もよく分かる。現代の日本に物語を重ねてみる。20XX年。日本の政治は民主主義により愚民政治に陥っていた。そこにカリスマ的な政治家が一人。彼は言う。「このままでは日本はだめになってしまう、議会を通しであーだこーだやっているよりも自分ひとりで政治を行った方がマシだ」。彼はまず武力を味方につける。そしてその武力を背景に全権力を掌握しようとする……心ある他の政治家は、なんとしてでも彼を止めようとするだろう。たとえ、自分が殺人犯となったとしても。
こう考えると、帝政でローマは平和になったんだからいいじゃん、とは言えないだろう。

みんな大好きシェイクスピア

この戯曲はシェイクスピアの中期の作にあたるそうだ。1623年出版。考えてみれば400年近く前に書かれた物語である。今でも世界中で上映されていることを考えると、シェイクスピアはやはりすごい。
ジュリアス・シーザー』は光文社古典新訳文庫でも新しく(でもないのか?)出版されている。こちらは安西徹雄。光文社では今のところ6作のシェイクスピア劇が出版されている。ハムレットQ1』という普通の『ハムレット』とは別の版を元に訳したものも出ているそうで気になっている。
また近年、『堀の中のジュリアス・シーザーなる映画も上映されたらしい。イタリアの囚人が、更生実習の一環としてこの戯曲の上演を行う様子を撮ったドキュメンタリーだそう。こちらも気になる。
さらに加えると、この戯曲ではブルータスの敵として書かれているアントニー。このアントニーをメインの登場人物に据えた戯曲もシェイクスピアは書いている。アントニークレオパトラである。こちらも未読だが、読んでみたい。『ジュリアス・シーザー』にはびっくりするほど恋愛要素がなかったが、『アントニークレオパトラ』は題名からして恋愛要素がありそうだ。

戯曲は小説よりも短時間で読めるのがよいと思う。シェイクスピアは、戯曲初心者にも分かりやすい…気がする。登場人物はどの作品も多いけど。ということで、忙しい時はシェイクスピアを読もう!

シェイクスピア全集25 ジュリアス・シーザー (ちくま文庫)