読書録 地方生活の日々と読書

趣味が読書と言えるようになりたい。

MENU

小説のための小説『1000の小説とバックベアード』佐藤友哉【読書感想】

 小説をテーマにした小説を読んだ。佐藤友哉『1000の小説とバックベアード
 著者、佐藤友哉の本を読むのは初めてだったが、これが面白かった。一気読み。昨日は台風が来るとのことで、引きこもって本を読んでいたのだが、おかげで退屈することなく一日を過ごすことが出来た。
 テーマは、人は何故小説を書くのか。そしてこの本は、SFであり、冒険小説であり、ファンタジーであり、純文学である。面白くないわけがない。

 主人公は小説の神様に愛され、それゆえに苦悩する「片説家」だ。「片説家」とは何か。

 片説家は、簡単にいうと小説家みたいなものだが、本質はひどく違っているので、僕は決して片説家ではない。

 極端なことを云えば、文章を組み立てられる人間なら誰でも片説家になれる。それに小説家は自由業だし、読者も不特定多数だが、片説家は会社を作ってグループを組み、みんなで考えみんなで書き、読者ではなく依頼人に向けて物語を制作する職業だ。たった一人の読者のために物語を書く創作集団だ。

 物語は、主人公がこの片説家の会社を馘になるところから始まる。無職になった主人公は、その日から文字を読むことも書くこともできなくなってしまった。しかし翌日、そんな彼に「小説を書いてほしい」、「小説のせいで突然姿を消した妹を探している」という女がやってくる。無職になった彼は、小説を書こうと苦悩しつつ、知り合いの探偵の力を借りて行方不明の妹について探ろうとするが、これが一筋縄ではいかない。
 小説家、片説家、そして小説を書く能力に恵まれながらも小説家ではない「やみ」と呼ばれる人々、東京の地下にある特殊な図書館の主「バックベアード」、謎の集団「日本文学」。小説を愛する様々な立場の人たちが主人公の前に立ちあらわれる。多くの文豪たちに愛された「山の上ホテル」に宿泊し、「書きたいことはない。」という結論に至ってしまった彼は、自分の小説を書き上げることができるのか。

 書店に行けば毎月のように出る新刊本で売り場は溢れている。
 選択肢が多すぎて困惑してしまうほどに。

 それら……書店員たちが厳選したそれらは、とてもいい本なのだろう。魅力的な登場人物たちが謎に満ちた事件を解決したり、どこにでもいるような登場人物たちが平凡な日常をあるがままに生きたり、政治や戦争や性愛や幸福や結婚について考えさせられたり、彼女が死んだり猫が死んだり彼女が生き返ったり猫が生き返ったりと、とてもいい本ばかりなのだろう。
『いい本でした。おもしろかったです。感動したし、感心しました。それが一体なんだというの? だからどうしたっていうの? いい小説を読んだ。それで何がどうなるっていうの?』

 
 今年No.1のベストセラーだって、50年後にはほとんど誰も覚えていないだろう。一世を風靡した人気作家の本だって、100年後には誰も読んではいないかもしれない。いわんや多くの無名作家をや。
 
 それでもなぜ、人は小説を書くのだろう。
 それでもなぜ、人は小説を読むのだろう。
 
 一つの答えを、この小説は提示する。それが当たっているのか、それはもちろん分からない。
 
 しかし私たちが生き続けるしかないように、小説家たちは小説を書き続けるだろうし、読者は小説を読み続けるだろう。
 もしかしたら、目の前の積読本の山に、奇跡のような一冊の小説が眠っているかもしれない。そして未来の私は、その一冊に、人生を救われるかもしれないのだ。

1000の小説とバックベアード (新潮文庫)