読書録 地方生活の日々と読書

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【読書感想】はじめてのスパイ小説 ジョン・ル・カレ『寒い国から帰ってきたスパイ』

 ある日本屋へ行くと、文庫本コーナーに「ハヤカワ文庫冒険スパイ小説フェア」なる棚ができていた。外交ジャーナリストであり、かつ作家でもある手嶋龍一氏が選書した冒険スパイ小説たちが並んでいる。黄色の帯が、暗い表紙絵のスパイ小説たちを鮮やかに彩っていた。
 スパイ小説。なかなか読まないジャンルの小説である。どのような本が選ばれているのかと並んだ小説たちの題名を見ていると、そこに女王陛下のユリシーズ号の文字を見つける。アリステア・マクリーン作『女王陛下のユリシーズ号』。このゴールデンウィークに読んで、圧倒された小説である。読後も数日間は小説世界から抜け出せなかったほどに。そんな『女王陛下のユリシーズ号』と並べられた小説たち。一気にフェアに対する、選書に対する興味が増した。
 改めて本たちの題名を見ると、どこかで聞いたことのある名前がいくつかあった。有名作であったり、映画化されていたり。いくつか興味を持った本のなかで偶々手にとったのが、ジョン・ル・カレ『寒い国から帰ってきたスパイ』。これもどこかで聞いたことのあった題名であった。これが大当たりだった。
 

はじめてのスパイ小説を読んでみる

 主人公は50代の酒好きの男、リーマスである。イギリスのスパイとしてベルリンに潜入していたが、成果を挙げられずに帰国。帰国後はスパイ活動とは関係のない課に左遷されてしまう。失意のリーマスは、どんどん身を持ち崩す。遅刻欠勤を繰り返し、庁内食堂ではアルコールを呷る。ついには課内の金に手を付けてしまい、馘になってしまう。そんな困窮したリーマスの前に現れたのは、敵である東側の工作員たちであり、大金の代わりに情報を渡すように迫る。リーマスはその取引に乗ってしまうが、そこにはもちろん裏があって…… 

 スパイ小説ときいて連想したのは、007シリーズやミッション・インポッシブルシリーズといった派手なアクションが売りのスパイ映画だった。スパイ小説もそのようなアクション要素が多くを占めているのかと思っていたが、この小説にはほとんどアクションがない。むしろその対極で、登場人物たちの静かなる心理戦がメインである。クライマックスとなるシーンは、法廷劇であった。そこでは、人を殺すのに、派手な銃声必要ない。
 派手さはないが、スリリングな展開が続く。誰が主人公の味方なのか。真の敵は誰なのか。それが最後まで分からないのだ。物語の展開とともに、リーマスを取り巻く事件の全容が少しずつ見えてくる。しかし、見えてきたと思った全容が、実は罠であり、裏には別の背景が広がっていたりする。その読書感は、登場人物たちの証言により、事件の見方が二転三転する推理小説のようである。ミステリ好きな私は、この先の見えない物語にすっかりハマってしまった。
 また、途中、読者から見れば明らかに罠と分かる罠に、ヒロインが嵌っていくシーンがあるが、驚くぐらいハラハラさせられた。そっちへ行ってはいけない!と思いながらページをめくった(しかし、彼女を罠にかけた奴らが、結局、どちら側の人間で、何を意図しているのかは、先を読まなければ分からないのだ!)

 ドキドキしながら読了。それにしても物語の結末が意外であった。こちらの方向に行くのか、と。とても非情な結末であった。スパイを扱った創作では、スパイは主人公でありヒーローだが、しかし国や組織から見たスパイというのは、目的を達成するためのひとつのパーツでしかない。物語に夢中になっている読書に、その事実を思い出させるような、冷や水を浴びせかけるようなオチであった。

スパイ小説、面白かった!

はじめてのスパイ小説、とても良かった。スパイ小説は、「いかにも」な表紙絵のものが多いイメージがあり、手に取ることはしてこなかったが、もしかしたらとてももったいないことをしていまのかもしれない。
 未知のジャンルの小説にも面白い本はたくさんあるはず。読まず嫌いはもったいない。読んでいきたい。

寒い国から帰ってきたスパイ (ハヤカワ文庫 NV 174)

寒い国から帰ってきたスパイ (ハヤカワ文庫 NV 174)