読書録 地方生活の日々と読書

趣味が読書と言えるようになりたい。

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旅行の準備、本の準備。『活字のサーカスー面白本大追跡ー』椎名誠

 旅行で一番楽しいのは準備をしている時間である、というような事を時々聞く。
 確かに、押入れの奥から旅行用のカバンを引っ張り出してきたり、何を着ていこうか迷っていたりするうちに、旅行への期待は否が応でも高まってくる。そんな準備の中でも、一番悩ましいのは、旅行中に持っていく本の選定である。活字中毒である私には、本を持っていかないという選択肢はなく、常に一冊はカバンの中に本を放り込んでいる。三泊、四泊ともなれば、本の冊数も二冊、三冊と増えていく。
 しかし、当たり前だが、持ち歩く本には制限がある。何よりも本は重い。旅行の荷物はできるだけ軽くしたいものだ。できるだけ軽い本を、しかし、旅先で読み終わってしまわない程度にボリュームがある本を。二冊以上持っていくときは、ジャンルがかぶらないように。なかなかに難しい問題である。が、電子書籍を購入してからは、このような本の制限に関する悩みはだいぶ減った。とりあえず読みたい本をダウンロードし、あとは電子書籍リーダーと充電器と、万が一充電が切れてしまったとき用に薄い文庫本でも一冊持っていけば良い。

 実は年末年始に海外旅行へ行く。そこで先日、持っていく本の選定をしていた。Kindleを持っていくので、制限要因は重さではなく、本の値段である。が、ここぞとばかりに思い切ってそこそこ沢山購入し、ダウンロードしてしまった。『ホモ・デウス(上・下)』『鋼鉄都市』『スパイス、爆薬、医薬品 ー世界史を変えた17の化学物質ー』『ルポ 中年フリーター「働けない働き盛り」の貧困』『星を継ぐもの』『国境の南、太陽の西。何泊するんだよ、という感じである。年末年始だけでは、読みきれないだろう。

 これだけの本を衝動的に買ったのであるが、それでもなんとなく物足りなく、家の本棚を見ていた。と、一冊の新書が目に入った。椎名誠著『活字のサーカスー面白本題追跡ー』。「岩波新書の黄色×椎名誠著×本のエッセイ」という組み合わせを珍しく思い、中古本屋で購入したものの、まだ読んでいなかった本である。旅人である著者の読書案内だ。旅行に持っていく本の選定にヒントになるのではないかと思い、ページを開いた。すると驚くべきことに、一番はじめに収録されていたエッセイのテーマがまさしく、旅に持っていく本選びについて、であった。タイトルは「カバンの底の黄金本」。

 著者も私と同類の活字中毒者である。しかし彼は旅人でもあり、長期で海外へ行くことも多い。なので本選びという楽しいが悩ましい問題に何度も直面している。そんな旅の本選びのプロである著者は、経験を重ねた上で、このように語る。

海外へ持っていく本は基本的には文庫本、せいぜいいって新書判ぐらい、というのが形式的には一番よいようだ。ぼくは一ヶ月の旅ということになるととりあえず十冊、というふうに考えている。その内わけは翻訳ミステリー三冊、翻訳SF二冊、時代劇もしくは歴史小説一冊、ノンフィクション二冊、軽いエッセイ一冊、古典の名作もの一冊、というのが標準ラインである。

 他の本を読み干してしまったとき用に、以前から読みたいと思っていても普段はなかなか読めない古典の名作ものを一冊持っていく、という話になるほどと思った。そういえば私も学生時代、長期の宿泊実習の際に、メルヴィルの『白鯨』を読み切ったことがあった。
 
 この本には他にも、旅と本のエピソードが沢山詰まっている。旅先の読書、というある意味最高の贅沢を著者と共に味わえる一冊だ。
 毎日少しずつ読み進め、読み終わり、あとがきを見ると、この本は岩波書店のPR誌「図書」に連載していたエッセイに加筆したものらしい。だから岩波新書なのか、と腑に落ちた。発売は1987年。30年前のエッセイではあるが、今読んでも十分に面白い、魅力的なエッセイである。

活字のサーカス―面白本大追跡 (岩波新書)

活字のサーカス―面白本大追跡 (岩波新書)