読書録 地方生活の日々と読書

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『人形』(モー・ヘイダー著)【読書感想】

「人形」と書いて「ひとがた」と読むサイコミステリ

 早川ポケットミステリーからの一冊。モー・ヘイダー著の『人形』を読了。サイコミステリー。タイトルは「にんぎょう」ではなく、「ひとがた」と読む。原題は「muppet」。辞書で軽く調べてみると、「muppet」は「操り人形」という訳がでてきた。しかしこの本でぴったりなのはやはり「人形」と書いて「ひとがた」だろう、と読了した今は思う。どうしてか。この物語において登場する人形は、殺人事件の被害者たちを象徴した「ひとがた」であったこと。そして「ひとがた」という言葉から発せられるなんとも言えないオドロオドロしい感じ、この感じがこの陰惨なミステリにぴったりであるからだ。これを「ひとがた」とした訳者、北野寿美枝さんのセンスは最高だと思う。

 著者モー・ヘイダーの小説を読むのは本書が初めてだった。一気読みできるエンタメ小説が読みたいなと思っていたところ、見つけたのがこの一冊。真っ黒な表紙に、印象的なタイトル。裏表紙にあるあらすじを確認した。「アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)最優秀長編賞に輝いた『喪失』に続き、サスペンスの新女王たる実力を見せつける話題作!」という文句に惹かれた。
 この文句の通り、この本はシリーズものの一冊である。本書は6冊目に当たるらしい。が、シリーズの一部は日本語には翻訳されていないとのこと。中学生のときに、「風読人」という海外ミステリの情報サイトを見ては、頑張って英語を勉強していずれは未翻訳ミステリを読みたいと思っていたことを思い出した。残念ながら、英語力も英語を勉強するモチベーションも上がらず、今に至っている。
 本書はシリーズの途中作であるが、一冊だけでも問題なく楽しめた。もちろん前作までを読んでいればもっと楽しめたのだろうなと思われる描写も多々あった。むしろ今読んでいる部分は前作までのネタバレに当たるのではないかと無駄にドキドキした。

精神科医療施設の幽霊と殺人鬼

 物語の舞台は、イギリスのとある街にある犯罪歴のある患者を収容する重警備精神科医療施設。建物自体は古く、以前は救貧院であったという。度々停電が起こり、そのたびに「何か」が起きている。例えば、患者の不審死。施設に流れる幽霊話。かつてこの救貧院で寮母をしていたザ・モードという残忍な女が、幽霊となって施設を歩き回っているというのである。この精神科医療施設で何が起こっているのか。患者の不審死は自殺として片付けられたが、本当にそうなのだろうか。この施設に務める主人公A・Jは、警察に捜査を依頼した。

 物語は複数の視点から語られる。A・Jの、捜査を担当するキャフェリー警部の、そして、とある女性の視点から。一章ごとは短い。しかし彼らの視点は、なかなかに一点に集まらない。どこでどう彼らの物語は交差するのか、あるいはしないのか。
 雰囲気は満点である。描写もなかなかにエグい。スプラッタは苦手なので、想像力を働かせないようにして読んだ。スプラッタな場面以外にも、怖いシーンがいくつかある。この著者、煽るのうまいなあ。はじめのうちは物語がなかなか進まず、どうしたものかと思っていたが、気がつけばのめり込んでいた。読めば読むほど、登場人物たちが一筋縄ではいかないまどろっこしい性格をしていることが判明し、物語は混迷していく。嘘をつき嘘をつかれ、誰もが誰かを、あるいは自分自身をかばっている。
 犯人は幽霊だった、というオチではもちろんなくて、物語は急展開の末に収束する。やはり一番怖いのは生きている人間である、という常套句的読後感であった。今作の主人公であるA・Jがとてもいい人で、彼には幸せになってほしい。かわいい犬も出てきます。

 物語の内容とは関係ないが、イギリスの街のスケール感というか、舞台となっているブリストル市がどのくらいの規模の街なのかが気になって、googleマップを眺めていたら、ブリストル水族館という水族館を見つけてしまった。海洋博物館もあるらしい。行ってみたいなあ。

人形(ひとがた) (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

人形(ひとがた) (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)