読書録 地方生活の日々と読書

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人を思う重さについて 『夜のアポロン』皆川博子著 日下三蔵編【読書感想】

夜になると、太陽は輝くのです。
ぎらぎらと白く燃え、すさまじいエネルギーを放ち、あたしを、あなたを、灼きつくすのです。
見せてあげましょう。あたしと一緒にいらっしゃい。 (表題作『夜のアポロン』より)


 初めて読んだ皆川博子さんの小説は『開かせていただき光栄です』であった。その印象が強かったので今回初期短編集を読んでみて、物語のギャップに驚いた。『開かせていただき光栄です』は、18世紀のロンドンで医術の道を志す青年たちが活躍する物語だ。舞台は300年前だが、物語はさくさくと現代的な感性で進んでいき、続編の『アルモニア・ディアボリカ』も含め楽しく読んだ。

 今回読んだ短編集『夜のアポロンは、全くテイストが違った。とにかく密度が濃く重いのだ。私は本が好きで、ついつい一気読みしてしまうことも多いのだが(事実『開かせていただき光栄です』は一気に読んでしまった気がする)、この本を一気に読むことができなかった。一二編読んだらお腹いっぱいになってしまう。
一編一編は決して長いわけではない。しかしそこに込められた感情の強さ(愛情、そしてその裏返しである恨みや殺意)といったら。物語たちの纏う空気はどこか陰湿である。しかし本を読み進めると、人間の陰湿さというものは、誰かを思う強さの裏返しであるのだなということが分かる。他人の感情、強い感情に正面からぶつかると、どうも疲れてしまう。面白いのだけど、ね。一気に読むだけの体力がない。
 口直しに軽い小説を読みたくなる。そんな本だ。

 収録されている短編の多くは現代を舞台にしている。その「現代」はどうやら昭和な日本である。
疎開中の少女の友情、都会にあるはずなのにどこか閉鎖的な集合住宅の人間関係、地方巡業するサーカスの哀愁。すべての短編に平成以降に産まれた者には書けないリアリティが込められている。
 読みながら、この作家はいくつなのだろう、と思った。

 単行本の裏のカバーの裏側に著者紹介がある。なんと1930年生まれだそう。90年近く前に誕生されているのだ。人生の大先輩である。そりゃあ、昭和のこともよく知っておられるだろう。
 というか『開かせていただき光栄です』が書かれたのは2011年だ。81歳であの物語を書いたのか。すごい。創作に年齢なんて関係ないのだ。著作も多い作家である。次は長編小説を読んでみたい。『双頭のバビロン』などいかにも面白そうな題名である。

「大人の小説」をおぼつかなく書き始めたころ、単行本の担当編集者に、自分の中を掘り下げろ、と言われました。掘り下げたら、ろくなものはでてこなかったな。
早川書房で『死の泉』を上梓していただいてからの二十余年は、好きな世界をたのしく書くことができました。そして、八年前、これも早川さんの『開かせていただき光栄です』で、若い読者が目を向けてくださるようになりました。
それらの土台として、『夜のアポロン』のような作があります。泥道ですけれど、経てこなくてはならない歳月でした。 (「あとがき」より)

 
 素敵な言葉だ。

夜のアポロン

夜のアポロン