『闇市』マイク・モラスキー編【読書感想】
戦中戦後の日常であった「闇市」をテーマにしたアンソロジーを新潮文庫で見つけた。編者のマイク・モラスキーさんは、本の紹介によると早稲田大学国際教養学部教授で、日本の戦後文学やジャズ音楽がご専門という。このアンソロジーの特徴は選書にある。冒頭に編者による「はじめに」という章があり、そこでこのアンソロジーに収録された本の選書基準が明記されている。そしてそれら選ばれた短編は3つの小テーマに分類されて収録されている。またそれぞれの小テーマ、短編については編者による少し長めの解説がつけられている。アンソロジーにも色々あるが、なかなか充実した一冊だと思う。目次を引こう。
はじめに
経済流通システム
『貨幣』太宰治
『軍事法廷』耕直人
『裸の捕虜』鄭承博新時代の象徴
『桜の下にて』平林たい子
『にぎり飯』永井荷風
『日月様』坂口安吾
『浣腸とマリア』野坂昭如解放区
『訪問客』織田作之助
『蜆』梅崎春生
『野ざらし』石川淳
『蝶々』中里恒子解説 マイク・モラスキー
文庫版あとがき
著者紹介
初出一覧
初めて読む作家の短編も多かったが、どの短編も面白かった。特に良かったと思ったのは『裸の捕虜』『桜の下にて』『にぎり飯』『蝶々』。
また著者による解説にあった「闇市」は「イチバ」という場所であったと同時に「シジョウ」というシステムであったという指摘は面白いと思った。取り上げられている短編を通して読むとは「闇市」と一言で言っても、多彩な側面を持っていたことが分かるようになっている。それは食料や日常品の供給システムとして市民生活に、あるいは企業活動にまで大きな影響を与えていたのだということが、物語から察せられる。そして人々のメンタリティにも、戦後の生き方にまでも、大きな影響を与えていたのだろう。闇市は、ある物語の主人公にとっては、本来の自分を発見する過程であり、ある者にとっては夢を諦め直面しないといけない現実であった。捨て去りたい過去でもあれば、大金を与えてくれるものでもあった。
私はもちろん今の安定した市場と社会しか知らない。配給制も大暴落も経験していない。それはとても幸せである。しかし私の祖父母の代の人間は誰もが、戦中戦後の混乱した社会を、「闇市」のある社会を、それぞれの方法で生き抜いてきたのだと思うと凄いことだなと素直に思う。