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ディストピア×サスペンス『ドローンランド』(トム・ヒレンブラント著)【読書感想】

 ドイツ人作家によるSF小説を読んだ。SFといってもただのSFではない。ディストピア小説だ。『ドローンランド』(トム・ヒレンブラント著 赤坂桃子訳)である。
 正直なところ、この『ドローンランド』という題名には惹かれなかった。原題も『DROHNEN LAND』である。ドローンが身近な名詞となってしまった令和の世においては、もう少し捻りがほしい。それだけここ数年のドローンの普及が急速だったと言えるのかもしれない。原作が出たのが2014年、確かに5年前はドローンは最先端だった。
 ぱっとしない題名だなと失礼にも思いながらもこの本を手にとったのは、ディストピア小説の雄1984と比較するようなキャッチコピーで宣伝されていたからだ。出版社の河出書房新社の書籍紹介のページにも『1984』の文字が踊る。

さまざまなドローンですべてがデータ化される未来社会。サイバー空間を駆使し、欧州議会議員殺害の謎を追う捜査官が、巨大な陰謀に巻き込まれていく。ドローン国家版『1984』。

 また、あとがきはドイツの新聞の書評欄を引いているが、これも魅力的だ。

フランクフルター・アルゲマイネ」紙の書評は、「さすがのオーウェル(ジョージ・オーウェルと、その小説『一九八四年』を指す)も時代遅れになり、この小説の時代がやってきた」と書き、「ディ・ヴェルト」紙の書評には、「われわれは監視社会をめぐる新しい物語を必要としている。トム・ヒレンブラントの未来ミステリー『ドローンランド』がそれである」とある。

 ディストピア小説好きとしては読まないわけにはいかない。

ドローン監視社会×殺人事件

 表紙をめくると、本書に対する期待は一気に高まった。本文が始まる前に「登場人物一覧」があるのだ。登場人物の紹介の欄には「ユーロポール主任警部」などの文字が。
 そして一文目。

 それは、これまで見てきた中で一番りっぱな身なりの死体だった。

 これは、ミステリのフォーマットではないか。

 思えば、ミステリ仕立てのSFが私は好きだ。SF的世界観に謎の死体。『都市と都市』(チャイナ・ミエヴィル著)、『星を継ぐもの』(ジェイムズ・P・ホーガン著)、『鋼鉄都市』(アイザック・アシモフ)、そして森博嗣のWシリーズ。SF×ミステリ小説にハズレはない説をとなえたい。

さて、『ドローンランド』を読み進めよう。舞台は近未来のヨーロッパ。『ドローンランド』の名前の通り、大小様々なドローン(街全体を監視できる大きなものから、「粉」と呼ばれるダニ型の小さなものまで)が活用され、そしてドローンによる監視が当たり前となった世界を描いている。
主人公はユーロポールの警部、アート。物語の冒頭で彼が見た死体は、欧州議会の議員のものであった。問題は超監視社会のハズなのに、殺人者の姿がどこにも映っていなかったということである。アナリストのアヴァ、ユーロポールの捜査コンピュータであるテリーと共に、殺人事件に挑んでいくアートだが、彼はやがてEUを覆う大きな陰謀に巻き込まれていく。
ミステリ的展開を勝手に期待したが、ミステリというよりもサスペンスでした。しかも物語の筋だけ取り出せば、古典的ともいえる所謂「サスペンスもの」であった。しかしそこに古さを感じなかったのは、物語を彩るガチェットが魅力的だからである。なかでも特徴的であり物語のキーとなるのは、ミラーと呼ばれる没入型VR技術である。ミラーを使うと、多数のドローンにより撮影された映像から作成したバーチャル世界に、リアルタイムで入り込むことができる。現実世界の人々にまったく気付かれずに「幽霊」として諜報活動を行うことが可能である。主人公アートは、現実世界とこのミラーの世界を巧みに行き来し、事件の真相に迫っていく。

ディストピア小説としての『ドローンランド』

徹底した監視社会を描いた『ドローンランド』であるが、読んだ際受けた印象は、他のディストピア小説(『1984』やすばらしい新世界』(オルダス・ハクスリー著)、『侍女の物語』(マーガレット・アトウッド著)など)を読んだ際に受ける印象とは大きく異なった。らしく、ないのだ。いわゆるディストピア小説というのは、「個人と社会の関係性」を物語の大きな軸としていると思う。しかしこのドローンランドで描かれているのは、監視社会と個人の関係性というよりも、監視社会自体である。主人公をはじめとする人々は監視社会を受け入れている。監視社会を受け入れたうえで、何が起こり得るのか、どこまでは許されるのか、といったことがテーマとなっている。
だからこそ、そこで描かれた監視社会は地に足の着いたものとなっている。『1984』のどこか寓話めいた社会ではなく、この物語が描いた社会は、あくまで現代社会の延長線上である。当然のごとくドローンが存在する社会、人々を監視することが治安維持のために選択された社会はリアリティがあった。

これからの世の中、世界のドローンランド化は否応なく進むだろう。今回の新型コロナウイルスの流行は、時代を大きく進めることになるかもしれないなどとも思う。未来は見通せない。これから私たちが直面するのはどのような世界だろうか。

最後にネタバレになるかもしれない感想を。
私はこの物語を読んで、上述のディストピア小説たちではなくて、フィリップ・K・ディックの『マイノリティ・リポート伊藤計劃の『ハーモニー』を連想しました。特に『マイノリティ・リポート』と『ドローンランド』は根底に流れているテーマが同じ、「犯罪予知は正しいのか、それによって無罪の人を拘束することは許されるのか」ということだった。
そしてその未来の行動予知を突き詰めると、自由意志の問題にぶつかる。ドローンランドはいずれハーモニー的世界が抱える問題、自由意志の問題に直面することになるだろう。その時、人々はどのような選択をするのだろうか。
久しぶりにディックの短編集、読み返したくなってきた。


ドローンランド

ドローンランド