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非現実系掌編集『非常出口の音楽』(古川日出男著)【読書感想】

 『非常出口の音楽』という掌編集を読んだ。著者は古川日出男さん。古川日出男さんの掌編集といえば『gift』である。あとがきにも書いてあるが、本書は『gift Ⅱ』ともいえるような一冊である。
 古川日出男さんの掌編、ショートショートは独特だ。私の中でショートショートという言葉で出てくる作家といえば星新一筒井康隆なのだが、SFの大作家たちとはまったく違った切れ味を持つ物語を紡ぎだしている。この掌編集に収められた作品の多くは、「日常」のなかの「非現実」を描き出しているように思う。物語に出てくる一つひとつのモチーフはありふれているのにも関わらず、それらが組み合わさって立ち現れる世界は、この私たちが生きている現実とは別の現実の姿を映している。
 そして音楽性。著者独自のリズム感のある文体が、短い物語たちによく合っている。非現実性と音楽性によって、私たち読者は、目の前の日常に非現実世界の日常を幻視する。
 
 この掌編集には25編の物語が収められている。
 特に気に入った掌編は『機内灯が消えた』『ロック・4マイナス0』『&ザワークラフト』の3作だ。

 『機内灯が消えた』は、この掌編集の中で一番訳が分からなかった。飛行機の三列シートの廊下側に座る「僕」とその隣に座る母子の物語であるのだけれども、これが訳が分からない。収められた掌編のなかでは、長いほうにも関わらす。SFチックで、不条理。だからこそ、印象に残った。結局、あれは何だったのだ、私は何の物語を読んだのだ、という疑問が頭に渦巻く読書体験だった。

 『ロック・4マイナス0』は『機内灯は消えた』とは違って、分かりやすい物語だ。とあるバンドの大ファンである主人公。大手レコード会社に就職し、ファンであることを隠しそのバンドの担当になったはいいものの、そのバンドの内幕を知ってしまい動揺する。疾走感のある文体が、彼がバンドと過ごした短く濃密な日々を駆け抜ける。ハッピーエンド、とは言い切れないのかもしれないが、気持ちの良い読後感だった。

『&ザワークラフト』は一番好きな物語である。50歳を迎えた主人公が体の節々の不調を訴えるところから物語が始まるのだが、この描写がなんだか実感がこもっておりとてもよいのだ(思わず著者の生誕年を調べてしまった。1966年生まれだそう)。地に足のついた日常性というものがまずそこにある。そこで追憶が始まり、彼は過去の日常を取り戻そうとしていく。どこかユーモラスで、それでいて人生の核心に迫るような物語。失われた日常、と言葉にすれば重いが、私たちは常に過去の日常を失い続けているのだ。

 古川日出男さんの掌編の魅力は、詩に通じるところがあると思う。読み返せば読み返すほど、好きになる。読み返すにもちょうどよい。この本も時々読み返してみたいと思う。
 
 ところで、古川日出男さんの著者の中で、最初に読んだ本はデビュー作である『13』。読んだときのシチュエーションが思い出深いのは『ベルカ、吠えないのか?』。今読み返したいのは短編集『LOVE』。好きだったのに多分最後まで読んでいないのは『アラビア夜の種族』(2/3くらいまで読んだ気はするのだけど、どうして最後まで読まなかったのだろう)。未読で気になっているのは池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」平家物語
 著者のホームページの著作一覧を見ながら書き出してみた。2000年代に出版された本は結構読んでいたが、2010年代に発売された本はほとんど読んでいなかった。長編が長い印象があり(長編が長いのは当たり前なのだけれども)、最近あまり手に取っていなかった。それから文庫化されている本が少なくて、ちょっと驚いた。

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非常出口の音楽

非常出口の音楽