読書録 本読みの貪欲

地方在住三十路女の読書日記。趣味が読書と言えるようになりたい。本のほかには犬と魚が好き。

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SFアンソロジー『日本SFの臨界点』[恋愛篇・怪奇篇]伴名練編を読んだ。【読書感想】

 この国に隠された、異形の想像力。
 ”世界で最もSFを愛する作家”が
 編んだ渾身のアンソロジー

 心惹かれるキャッチコピーと共に、この夏発売されたのが、ハヤカワ文庫より出ている伴名練編『日本SFの臨界点[恋愛篇]死んだ恋人からの手紙』『[怪奇篇]ちまみれ家族』である。ネットでこのコピーを見た瞬間に買うことを決意した。
 私は読書が趣味だが、特定のジャンルに詳しいわけではなく、広く浅くでしか読んできていないため、特定のジャンルを偏愛している読書人に憧れがある。またそこまで断言された作家がどのようなアンソロジー編むのか興味もあった。また編者による解説がSF愛に溢れているとの評判も聞き、各作品についている解題や巻末の解説についても読んでみたいと思った。
 私自身のSF歴は、ここ数年ぽつぽつとSF小説を読み始めたといったところで、初心者の域を脱していない。それでも年々、読んだ小説のなかに占めるSF小説の割合が増えており、SFって実はものすごく面白いのではないかと思い始めているところである。「今、ここではない世界」を舞台にしているSF小説を読む楽しさは、異国の文化や生活を背景にした海外文学を読む楽しみに近いものがあるように思う。

 連休や平日の夜時間を使い、2冊を読了。どの短編も面白かった。またどの短編についても、解題としっかりとした著者紹介がある。特に著者紹介には、編者である伴名練さんの思いが詰まっており、情報量が多く、次の一冊への良い読書ガイドになっている。
 SF初心者の私にとっては、初めて読む作家の初めての物語がほとんどで、とてもお得感のあるアンソロジーだった。また取り上げられている物語は、「SF」と一言で言っても、文体も雰囲気も取り上げているテーマやモチーフも様々で飽きがこない。「SFってこんなに懐の広いものなんだな」と思った。むしろ世の中の、何のジャンルに分類すべきなのかよく分からない物語の大半は「SF」と言ってしまってよいのではないか。
 また短編というのも良い。私がSFについてとっつきにくいなと感じる点の一つは、シリーズものが多いというところである。私はあまりシリーズものの小説を読まない。時間は有限である。どうせ読むならきちんと終わる物語が読みたい。その点短編は安心できる。少なくとも完結しているからだ。

好きだった短編について[恋愛篇]

 2冊のうちどちらから読もうか迷ったが、[恋愛篇]から読んだ。なんとなく[恋愛篇]の方が、SFっぽい小説が多く収録されている気がする。
 以下、好みだった小説を箇条書き。

藤田雅矢著『奇跡の石』

 超能力者が生活する海外のとある村をめぐる物語。あまりSFっぽくはない。現代の日本に生きる普通のサラリーマンを主人公にしているからだろうか。雰囲気はどこか海外文学っぽい。普通に読んでいたら自分のなかではSFを読んだ、とは思わなかったかもしれない。

大樹連司著『劇画・セカイ系

 「セカイ系」のテンプレートを背景に、世界を救った少年のその後を描く。メタな視点を持った物語。そんなモチーフも好きだし、大人になってしまった主人公が行う選択とその結果も大好き。私ももう大人なので、地に足のついている感じがとても好ましい。

扇智史著『アトラクタの奏でる音楽』

 アンソロジーのなかで唯一、同性同士(女性同士)の関係性を取り上げている一篇。近未来の京都を舞台に、女子大生たちが誰もが惹かれる音楽を作るべく協力しあう。今はまだ存在しないテクノロジーが当たり前に存在する世界を、ごく自然に描き出しているところが好き。普通の、現代人と変らない感性をもっている二人の仲が縮まる様子ももちろん良い。

小田雅久仁著『人生、信号待ち』

 ある日突然、高架下の信号待ちから抜け出せなくなってしまった男女二人の人生を描く不思議な物語。二人ははじめこそ途方に暮れるが、やがて題名通り、信号待ちをしながら人生を送ることになる。なんだろう、阿部公房の短編を読んだときのような不思議な読後感。読んでいる最中よりも、読んだ後の方が印象深くなる不思議な物語。

好きだった短編について[怪奇篇]

 続いて[怪奇篇]。これもSFなのか、というような幅広い作風の小説が集まっている。

中島らも著『DECO-CHIN』

 「DECO-CHIN」って何だろう、と思いながら読んでいたら、そのままだった。その意味が分かったラストも衝撃的だが、序中盤のライブハウスでインディーズバンドのパフォーマンスを見るシーンが良い。主人公によるバンドに対する具体的で辛辣な描写が印象的。著者の長編SF『ガダラの豚』は読んだことがあるが、この短編の方が好きかもしれない。

・岡崎弘明著『ぎゅうぎゅう』

 人口密度が高くなりすぎて、人間はずっと立ったまま、寝るときも横になることが出来なくなってしまった世界を描く。バカバカしい設定だが、その設定に忠実に進んでいく物語は、不思議な説得力を持って迫ってくる。そしてなんと恋愛小説でもある。ラストの仄めかしが怖い。ディストピアっぽい感じが好き。

津原泰水著『ちまみれ家族』

 何故だか血まみれになってしまう家族の日常を描く物語。なんでそんな体質なのかの説明はないが、物語は血まみれになっている家族四人を中心にぐいぐい進んでいく。血まみれになることに慣れきっている家族と、出血が非日常な周囲とのギャップが面白い。津原泰水さんは以前から一度読んでみたいと思っていた作家なので、読めてよかった。この短編がスタンダードな作風なのかどうかは分からないが。

石黒達昌著『雪女』
 戦前の北海道を舞台に「体質的低体温症」という奇病の女性と彼女を治療しようする医師の物語。硬めの独特な文体による雰囲気がとても好み。著者の石黒達昌さんの物語を読むのは初めてだったが、もっと読んでみたいと思った。

 
 ここに挙げなかった短編もどれも面白い。外れのないアンソロジーだった。
 SFアンソロジー、もっと読んでみたいなと思いながら家の本棚を眺めていたら、未読のアンソロジーが2冊ほどあった。伊藤計劃トリビュート』の1と2である。今度も読もう。
 また巻末には私のような読者向けにSFアンソロジーガイドがついている。[恋愛篇]には「SFが気になりはじめた方へのガイド」、[怪奇篇]には「昔の日本SFが気になりはじめた方へのガイド」。ちなみに後者は「大学SF研なら三年目くらいの人」向けらしい。おすすめのアンソロジーが載っているだけではなく、どのようにSF作品を探せばよいのか、どこでSF作品に出会えるのか、といったことも書かれており、とても有用だと思う。
 これからのSF小説ライフが充実しそうだ。