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読書録 本読みの貪欲

近畿地方の某田舎町で一人暮らし中。

思考停止しているなあと思う

なんとなく毎日が辛い。
毎日、ではなく、平日が辛い。仕事が辛い。
ゴールデンウィーク明けの月曜日、馬鹿みたいに早起きしてしまい、普段より早い時間に会社へ向かったが、向かう車内でひどい動悸を感じていた。
やっとのことで迎えた金曜日。スーパーに寄ってから帰ろうと思っていたにも関わらず、車の中で一人になったら自然と涙が出てきて、泣きながらスーパーに寄る訳にも行かず、そのまま家に帰った。
土日。必死に仕事から、目を反らそうとしている自分がいる。お腹がずっと調子悪い。野菜を食べていないからか。料理をする気が起きない。

日曜日の夜、こんな文章を書いている自分がいる。
本当に書くべき言葉は、こんな抽象的な愚痴ではなくて、私は仕事の何をこんなにも恐れているのか、仕事の何がこんなにも私を傷つけているのかといった状況分析と、それに対処するための具体的な方策である。

書くことは力だ、と思っていた。それこそが私を救うのだと。

でもここのところ、私は書くという行為、正確に言えば、書くことに伴う考えるという行為をずっと放棄している。
現状に甘んじている?
そうかもしれない。
今日と同じ明日が来ることなんて全く望んでいないのに。

就職してから、私は何だかずっと馬鹿な人間になった気がする。高校生の時の方が、ずっと冷静に未来を査定できていた。
考えなくとも生きていけるだけ、大人って楽だなあとも思う。けれども、このまま流されて生きていきそうで、なんだか空恐ろしい。

とりあえず、少しでも冷静に明日の仕事へ立ち向かえるように『「やりがいのある仕事」という幻想』という新書を読んでいる。やりがいのある仕事も、趣味も、人生もない場合どうしたらいいんだろう?

amazarashi『MESSAGE BOTTLE』

4月になって2週間が過ぎた。
初々しい新入社員の姿を横目で眺めつつ、普段通りの仕事をこなす。
相変わらず「どこかへ行きたいな」と思いつつどこかへ行く気力もない日々だ。毎日のように仕事を辞めたいと呟き、月に一度は朝起きたら会社が燃えてたらいいのになんて不謹慎なことを思う。相変わらずの他力本願の人生設計。
それでも最近は通勤時にちょっとした楽しみがある。
amazarashiのベストアルバム『MESSAGE BOTTLE』だ。
CDプレーヤーを持っていないので、私の音楽空間はもっぱら通勤時の車の中である。

朝、会社に行きたくないなと思いつつも好きな曲を聴く。
同じ曲をリピートして聴くこともよくある。
2曲か3曲を聞き終わるころには、職場についている。
そんな毎日。

そして思い出す。
入社一年目の冬。今よりもずっと仕事に慣れておらず、辛かった日々。
amazarashiの大阪ライブのチケットを買った私は、そのライブがあるまでは辞めない、絶対に関西にいてやる、とamazarashiだけをモチベーションに、毎日会社に通ったものだった。
『もう一度』、という曲を何度も、何度も聞いた。

悲痛 現実 僕らいつも雨曝しで
って言う諦めの果てで 「それでも」って僕等言わなくちゃ
遠くで戦っている 友よ挫けるな

もう一度 もう一度 あの日離れていった希望に
ざまぁ見ろって言ってやる為に 何度も立ち上がるんだ もう一度


良くも悪くも人間は慣れる生き物だ。

一年経ち、二年経ち、「あの頃」に比べると「会社」というものにも少しは慣れてきた。
それでも、私のamazarashi熱は、まだまだ覚めそうにない。
今週末のライブ『amazarashi Live Tour 2017「メッセージボトル」』、年甲斐もなくめちゃくちゃ楽しみです。

(ちなみに『もう一度』、ベストアルバムに入っていなかった……他にも私の好きな『ミサイル』『雨男』『爆弾の作り方』などなどが入っておらずちょっと残念……)

メッセージボトル(初回生産限定盤)(DVD付)

amazarashi『命にふさわしい』

 何度かこのブログにも書いているが、amazarashiというバンドが大好きだ。
 20代半ばまで、アイドルなども含め音楽グループに「はまる」という経験をしたことがなかった。
 私は音楽には関心の低い人間なんだと思っていたし、はやりの曲を追いかける同級生たちにはどこかついていけなかった。興味がないものに対し、興味を持つことは難しい。
 だからこそ自分がここまで一つのバンドにはまり、また、興味が持続していることに我ながら驚いている。
 とは言うものの、ここしばらく音楽を聞かない生活をしていた。amazarashiへの関心も、このまま薄れるのではないかとさえ思った。

 が、しかし。
 2月にリリースされた『命にふさわしい』という曲。先日読んだ森博嗣『赤目姫の潮解』とどこかイメージが重なるなと思いながら、youtubeに上がっているMVを観た。『赤目姫の潮解』は人形と人形遣いがテーマのSFで、『命にふさわしい』のMVは人形がひたすら破壊されるというものだ。心、そして、実在。

www.youtube.com


 聞いて、聞いて、聞いた。

 いつの間にか見入っていた。何度も、何度も再生を繰り返した。
 歌詞を検索し、CDを買い、ライブのチケットを予約していた。今月は節約頑張っていたのに。(『命にふさわしい』が主題歌のゲーム『NieR:Automata / ニーア オートマタ』も欲しいのだけど、さすがにPS4買うお金はなかった)

 土日はずっと聞いていたし、仕事中も頭の中で歌詞をリピートしていた。これじゃあ中毒だ。
 でも、ほんと、すごくいいと思う、この曲。
 音楽的な知識がないので、専門的なことは何一つ語ることができないのだけれど、聞くと心がざわざわする。
 歌詞の力。ことばの力。歌はすごい、と素直に思う。

道すがら何があった? 傷ついて笑うその癖は

裏切られたっていいと 道端ひれ伏すような
酩酊の夜明けこそ 命にふさわしい

失くした何かの埋め合わせを 探してばかりいるけど
そうじゃなく 喪失も正解と言えるような 逆転劇を期待している
そしてそれは決して不可能じゃない
途絶えた足跡も 旅路と呼べ

 ほんとうは、今日ブログに、昨日湯船の中で一気読みした絲山秋子『ばかもの』の感想を書こうと思っていたのだけど、パソコンで『命にふさわしい』はじめamazarashiの曲を流しているので、歌詞に引きずられて本の文章がうまく入ってこない。そして今夜は『村野四郎詩集』を読もうと思っていたのだけど、きっとそれも読めないだろうな。音楽を切れよ、という話ではあるのだけれど。

↓おまけ。過去のamazarashi記事。1年前と2年前にも同じような記事を書いていました……

dokusyotyu.hatenablog.com
dokusyotyu.hatenablog.com


命にふさわしい(初回生産限定盤)(DVD付)