読書録 本読みの貪欲

近畿地方の某田舎町で一人暮らし中。

手帳を買い間違えた。

馬鹿なことをした。
馬鹿なことの内容は題名通り。

秋も深まり文房具売り場はすっかり手帳のシーズンである。
今年はどんな手帳にしようかなとインターネットを物色していると気になるものを見つけてしまった。

ドイツのノートメーカー、ロイヒトトゥルムが手帳を出している!
勉強不足で知らなかったのだが、どうやら数年前から発売していたようで、去年は瞬く間に完売したらしい。欲しくなる気持ち、分かる。
種類もデイリー、バーチカル、ウィークリー、ホリゾンタル、デイリーと出ており、カラーバリエーションも豊富だ。表紙もハードカバーとソフトカバーから選べる。痒い所に手が届くラインナップだ。
ネックとなるのは、3000円オーバーという値段だろう。手帳にしては少々お高い。
というか、ノートタイプのロイヒトトゥルムも、数年前に比べると1000円近く高くなっている気がする……ああ、安かったときに買いだめしておくべきだったか……

欲しい、欲しい、欲しい、と頭がなって、その場で買ってしまった。インターネットの手軽さの恐ろしさ。まともな本屋も文房具屋もない田舎町でも、簡単に高級ノートが買えてしまう……

3日後。さっそく届いたそれを開けてみた。開封の儀、とカメラまで構えて。

と、開けてみて異変に気が付いた。

でかい。
あれ、私、サイズ間違えた?

A5タイプの手帳を買ったつもりであったが、手元にあるノートはそれよりも一回りでかい。あきらかにA5じゃない。これはB5じゃないか。大学ノートとおんなじサイズじゃないか。
さてどうする?毎日このサイズのノート(B5はもはや「手」帳サイズではない)を持ち歩くのか。

迷いもせず出した結論は「買いなおす」。
まだパッケージのビニール袋を破いていないので返品することも可能だろう。だけど、これも運命。それに今の私は、B5サイズのビニールを破いて、ノートの中を見てみたい好奇心を抑えられないでいる。この文章を書き終わったら、一人楽しく開封の儀を執り行うつもりだ。

dokusyotyu.hatenablog.com

↑過去のブログを見ると、ミディアムサイズ(A5くらい)のノートを3年前は1800円で買ってた。

退職願を書いた。

今週のお題「私がブログを書きたくなるとき」

久しぶりのブログへの投稿です。

このところいろいろあったような、なかったような毎日で、ブログを書かない日が続いている。
ネタとなる読書はずっと継続していた。どころが社会人になってからで一番といっていいほど集中して本を読んでいた。それも乱読。手あたり次第、目に入り次第読み散らかす、乱暴な読書だった。多くの本を読んだ。面白い本も、ブログで紹介したいと思った本も、もちろんあった。
それでもしばらくブログを書く気にはなれなかった。
いや実はブログだけではない。ここのところ手書きの日記も書く気になれずに放棄していた。

書く。
それがある種の救いになることを私は知っている。それでも何故か言葉を書く気になれなかった。
特に忙しすぎたわけではない。ストレスが溜まっていたわけではない。私は不幸でも幸せでもない。

ただ私の人生は、どうやら次のステージへと進んでいるようだ。

つい先ほど、退職願を書いた。
特別な感慨でも湧いてくるかと思ったが、全くそんなことがなくて驚いた。

新卒で入った会社を辞め、転職する。
このブログは学生時代から続けているため、就活中の記事も残っている。辛かった日々。懐かしい日々。あの頃の日々は、もはやずっと遠い。

あの頃から私は何も変わっていない。私の人生はあの頃と同じように主体性を欠いたまま、流されるように過ぎ去っていく。
まさに「変わっていくのはいつも風景」(by amazarashi)。

それでも流れていく風景の中には、忘れられない情景がある。そしてそんな情景の中にはいつも傍らに本があった。

例えば、就活中に羽田空港で買った『人間の土地』。たくさんのサラリーマンたちで溢れる空港の待合所で読んでいた、内定がまだひとつもなかった私。あのときの椅子の硬さを、そして郵便飛行の浪漫を今も確かに覚えている。

私が読んだ本について、ブログに凡庸な感想を書きつけるのは、人生を彩る大切な本たちを、しっかりと未来の私に伝えるためなのかもしれない。そうさいきんの私は、なんでだろうか、大切なことをすっかりと忘れてしまうから。

ストレスと本への衝動

 ストレス解消法は世の中にいくつもあって、きっと人それぞれお気に入りの方法があるだろう。
 どうやら私にとって、それは本の衝動買いであるようだ。

 最近、そこそこストレスフルな生活を送っているのだけれど、びっくりするくらい部屋の中の本が増えている。
 目に見える分はまだいい。物としての本が残るので、未来の自分へ罪悪感を覚えさすことができる。
 問題は電子書籍だ。
 クリック一つで本が買えてしまう。データなので物として残らない。場所を取らない。
 この気軽さがそのままハードルの低さとなって、浪費へとつながっていく。
 ストレスが溜まっているときは、「この本面白そう!」が「欲しい!」に、そして「これ買う!」と直結している気がする。
 わかっている、このままでは駄目だって。怖くてレシートもamazonの履歴も見返せない。一冊一冊は安くても、なんだかんだで万単位で本を買っている気がする。きっと高い単行本もちょっとマイナーな詩集も買えちゃうくらいの浪費をしている。
 なんだか、ほんとに、自分が残念だ。

 そしてこの文章を書いている今だって、高級ブランドのバックや時計に金を使っていないだけマシと思っている自分がいる。自己嫌悪。

 でも(この期に及んで言い訳する)、衝動買いした本の一冊吉野朔実は本が大好き』は一生大事にすると思う。

吉野朔実は本が大好き (吉野朔実劇場 ALL IN ONE)