読書録 本読みの貪欲

人生2度目の転職をしました。ミステリ、海外文学、文房具に犬と魚が好き。

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Vシリーズを読み返す。森博嗣著『黒猫の三角』

林警部の車種は何か

 森博嗣さんの第2長編ミステリシリーズである、Vシリーズを読み返している。しばらく読み返そう、読み返そうとは思っていたのだけれど、本棚に並ぶVシリーズを前にするといつでも読めるという気が起きてしまい、なかなか手が出なかった。一念発起して黒猫の三角を手にとった。ページを捲る。シリーズの主要登場人物の一人である保呂草さんの語りに、すっと飲み込まれた。私がVシリーズにハマっていたのは中学生から高校生のころにかけてである。およそ10年ぶりの再会だ。

 さて、10年ぶりにこのシリーズを手にした理由だが、それは、林警部の乗っていた車について気になったからであった。林警部とはこのシリーズに出てくる警察側(ミステリ的な「探偵に対する警察」である)の頭脳であり、このシリーズの読みどころである男女の三角関係の一角を担う人物である。この林警部の乗っていた車種が何だったか、というのが気になったのであった。
 中学生や高校生のころの私はもちろん免許も持っておらず、車への興味はほとんどなかった。街中で見かける車についても見分けがつかず、車は車、それ以上ではなかった。なので物語の登場人物たちの乗っている車についてもあまり興味が沸かず、読み飛ばしていたのだと思う。林警部の乗っていた車について、私はシトロエンであったように記憶していた。しかしシトロエンの何の車種かということについては覚えておらず、シトロエンというメーカ名からシュッとしたセダンというイメージを持っていた。
 それから私は大人になって、免許をとり、田舎に住んだ必然で自分の車を持つようになった。車に詳しくなったとは言えないが、それでも人並みに車の名前がわかるようになった。そしてシトロエンというメーカには2CVという車種が有ることを知った。レトロで可愛らしい、パッと見はあまり実用的でなさそうな車である。この車の存在を知ったとき、私の脳裏に浮かんだのが林警部であった。森博嗣さんの生み出した登場人物の一人の乗る車としては、シトロエンのセダンでは普通すぎるのではないか。森ミステリの登場人物の車には、2CVのような趣味性の高い車の方が似合っているのではないか。そういえば冒頭の語り手であり探偵役の一人である保呂草さんの車はVWビートルだったはずだ。登場人物たちの乗っている車がビートルと2CVだったら面白い。
 そう考えると確かめたくなってしまった。林警部はシトロエンの何の車に乗っていたのか。そもそも車種の記述があったのかどうか。

 結論から言うと、『黒猫の三角』にはこの問いの答えは書いていなかった。ちなみに三作目の『月は幽咽のデバイス』まで読んだが、林警部の車についてはシトロエンという記述しかなく車種は分からない。彼の部下である七海さんの車については、セリカとの記述があった。セリカチャイルドシートである。ちょっと面白い。
 シトロエンという記憶に間違いがなかったことは嬉しい。この先シリーズを読み続ければ、どこかに答えはあるのだろうか。むしろ著者の過去ブログを読めば答えが書いてあるのではないかという気もしてきた。しかしブログで答えを知ってしまうのは釈然としない。とりあえず引き続きシリーズを読み返そうと思う。

黒猫の三角

 上記のような不純な動機で読み始めたが、やはり読んでみるとVシリーズは面白い。『黒猫の三角』は思い切った趣向で書かれたミステリであるが、10年以上ぶりに読んだにも関わらず、その趣向も犯人もばっちり覚えており、ミステリ的な驚きを楽しむ読書とはならなかった。初読時にはその犯人にものすごく驚いた気がするが、犯人を知った上でその犯人の言動を追うような形で読むと、初読時とはまた違った面白さを味わえる。そして何よりVシリーズの面白さは、登場人物たちの掛け合いやその世界観であり、それらはミステリ的なネタバレをしていようが色褪せない。

 それにしても、改めて驚いたのは、登場人物たちの年齢である。初読時、つまり中学生のころには、登場人物たちのほとんどが自分よりも年上だった。一番歳が近かったのが、シリーズの探偵役の紅子さんの息子(12歳)であった。それが今ではどうか。保呂草さんや紅子さんと同年代である。大人だと思っていた登場人物たちと同じ年代になってしまったのだ。これにはちょっとびっくりした。自分はVシリーズに夢中になった中学生のころからほとんど成長していないように感じる。あの頃から長い時を経たが、大して知識量は増えていないし、思考も高度化していない。何よりも素敵な大人になっていない。時の流れは残酷である。自分が凡人であることを突きつけられる。
 しかし嘆いている時間はない。我々は、彼ら(本の中の登場人物たち)と違って、流れる時の中を生きていかねばならない。時間は有限、読める本も有限。本を読みたいのならば、読まねばならない。

黒猫の三角 (講談社文庫)

黒猫の三角 (講談社文庫)

2019年3月読書まとめ 読書メーターより

 小説ばかり読んでいた一ヶ月だった。しあわせ。学生時代のときと同じくらいのペースおよび量を読んだ気がするが、11冊か。意外と少ない。しかし、これだけ小説を読むことが、この先の人生であと何回あるだろうか。本を好きなだけ読める人生は、思っていたよりもずっと短いのかもしれない。

3月の読書メーター
読んだ本の数:11
読んだページ数:4493
ナイス数:26

アナキズム――一丸となってバラバラに生きろ (岩波新書)アナキズム――一丸となってバラバラに生きろ (岩波新書)
読了日:03月02日 著者:栗原 康
贖罪贖罪感想
すごく面白かった。帯にある「世紀の大傑作!」という煽り文句がまさにぴったり。物語を愛する少女が作り上げた物語により離れ離れになってしまった恋人たち。その後、恋人たちを戦争が襲い、少女は罪を贖うかのように看護婦を志す。少女はやがて作家となるが、書くことで彼女の罪が赦されることはあるのだろうか。
読了日:03月02日 著者:イアン マキューアン
北氷洋: The North Water (新潮文庫)北氷洋: The North Water (新潮文庫)感想
北氷洋捕鯨を舞台にしたエンタメ小説。かなり暴力的で陰惨。しかしその暴力的な人間たちや厳しい自然の向こうにある光景に、人生の真髄を見た気がした。捕鯨小説繋がりで『白鯨』を読み返したくなった。
読了日:03月08日 著者:イアン マグワイア
元年春之祭 (ハヤカワ・ミステリ)元年春之祭 (ハヤカワ・ミステリ)感想
前漢時代の中国を舞台にした本格ミステリ。読者への挑戦が2回もある本格派。キャラクター造形と、数多の引用文献を引いての思想合戦という構成によって、独特の雰囲気と後読感がある。こんなミステリ初めてだ。小説の世界の広さを感じさせる一冊。
読了日:03月10日 著者:陸 秋槎
黒猫の三角 (講談社文庫)黒猫の三角 (講談社文庫)
読了日:03月15日 著者:森 博嗣
白昼の悪魔 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)白昼の悪魔 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
読了日:03月21日 著者:アガサ クリスティー
最初の悪い男 (新潮クレスト・ブックス)最初の悪い男 (新潮クレスト・ブックス)感想
すごい小説。
読了日:03月23日 著者:ミランダ ジュライ
ペガサスの解は虚栄か? Did Pegasus Answer the Vanity? (講談社タイガ)ペガサスの解は虚栄か? Did Pegasus Answer the Vanity? (講談社タイガ)
読了日:03月24日 著者:森 博嗣
血か、死か、無か? Is It Blood, Death or Null? (講談社タイガ)血か、死か、無か? Is It Blood, Death or Null? (講談社タイガ)
読了日:03月27日 著者:森 博嗣
人形式モナリザ Shape of Things Human (講談社文庫)人形式モナリザ Shape of Things Human (講談社文庫)感想
Vシリーズ2作目。七海刑事が本格的に登場、シリーズの雰囲気が盛り上がってくる一冊。
読了日:03月29日 著者:森 博嗣
ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)感想
再読。何故か初読時よりもずっと面白く感じて一気読み。
読了日:03月31日 著者:伊藤 計劃

読書メーター

北氷洋捕鯨小説『北氷洋』(イワン・マグワイア著)【読書感想】

 発売当初より、書店で見ては読みたいなと思っていた小説をついに読んだ。イワン・マグワイア著の『北氷洋』。もうタイトルからそそる。そして文庫本の表紙絵。白波が立つ海の向こうには氷山があり、その手前には帆船、そして捕鯨ボートに乗った銛打ちと鯨が対峙しているという素敵なイラストである。私の好きな物語の要素が全て詰まっている。特に帆船ーー帆船が出てくる物語に外れはない。
 帯には「本年度海外エンタメNo.1」の文字。新潮社のサイトには「呪われた航海で生き残るのは誰だ!? 圧倒的な筆力で描かれるサバイバル・サスペンス。」との煽り文句。その割にはネットでは話題になっていなかったような気もするが、期待して表紙を開いた。

北氷洋捕鯨を舞台にした冒険譚

 19世紀半ばの英国。捕鯨業界は斜陽にあったが、それでも港には腹に一物を抱えた男たちが一攫千金を目論見集まっていた。訳ありな男の筆頭が、この物語の主人公となるサムナーである。除隊された元軍医にしてアヘン中毒患者であり、アヘンがなければ眠ることもできない。そんな彼が「訳あり」な捕鯨船ヴォランティア号に乗り込むことで物語は進んでいく。船長はかつて別の捕鯨船を沈没させた経歴をもつブラウンリー、一等航海士キャヴェンディッシュは嫌われものだし、銛打ちは凶暴で人を殺すことをなんとも思っていないドラックスに、信仰心の厚いドイツ人のオットー。一癖も二癖もある男たちを乗せた船は鯨を追って、危険な北氷洋へと進んでいく。

 物語は「この男を見よ」という印象的な一文から始まっている。
 心躍る海洋冒険小説かと思い読み始めたが、すぐにそれが誤りであることに感づいた。

この男を見よ。
 クラピソン広場からサイクス通りにふらりと現れた男は、そこで一息つく。吸い込んだ空気には雑多な臭いがまじっているーーテレピン油、魚粉、辛子、黒鉛。そして、夜明けに尿瓶から路面にあけられたばかりの、常と変わらぬ濃い尿の臭い。  (p7)

 悪臭の描写から始まる物語から予感されるように、この物語は生々しい臭いが伴った暴力に満ちている。そう、これは「こういう」物語なのだ。血生臭さに満ちた描写と人間が簡単に死んでいく様に、19世紀に生まれなくて良かったというピントはずれな感想を抱いたほどである。
 嫌悪感を覚えながらもページを捲る手は止まらない。船上での殺人、嵐、氷上におけるシロクマとの遭遇といった脅威が次々とヴォランティア号の乗組員たちを襲っていく。主人公サムナーはアヘンの夢に溺れ、北氷洋に溺れ、それでも彼の体は厳しい自然の中で生き抜くことを選んだ。もう物語の半ばからは捕鯨どころではないのだけれども(物語のタイトルは『北氷洋』であり「北洋捕鯨」ではないのだ)、北氷洋の自然を前に小さな人間のひとりに過ぎないサムナーが巻き込まれる運命に一気読みしてしまった。

19世紀の捕鯨船に紛れ込んでしまった現代人

 面白いのはこのサムナーの人物像である。19世紀半ばの荒っぽい捕鯨船上において、一人サムナーは異人である。彼は今航海でたまたま船に乗り込むことになってしまっただけであり、海の男たちの中で一人船乗りではない。それだけでなく、彼の精神性というものが、現代人である私たち読者に近いのだ。すなわち死や暴力が今よりもずっと近くにあったはずの19世紀の洋上において、彼はあまりにも繊細、ナイーブである。彼が阿片を常用しているのも、辛い過去と現実を耐え忍ぶためであるが、そんな彼を私は批判できない。現代人が19世紀にタイムスリップしたとして、はたしてその現実(死や暴力への近さ、生活の不潔さ)に向き合えるだろうか。私は自信がない。
 この物語において主人公サムナーは、現代人の視点を持って北氷洋を旅する。だからこそ彼は苦悩し、そして自らの物語を自らの手で終わらせることを選び取ったのではないか、と私は思う。

『白鯨』読みたい

 さて。捕鯨の物語といえばメルヴィルの『白鯨』である。『白鯨』は南洋捕鯨を舞台としているし、物語の筋も書き方も『北氷洋』とは大きく異なる。それにも関わらず、この『北氷洋』を読みながら、私は『白鯨』を読み返したくなった。
 あとがきで訳者の高見浩さんも『白鯨』に触れてこう書いている。

『白鯨』が、超越的な存在である巨鯨にエイハブという一人の尊大な人間が立ち向かう一種神話的な物語であるとしたら、本書は自然対人間、あるいは人間同士の関係性からぎりぎりの極限状態に追い込まれた登場人物たちが必死にサヴァイヴァルを図るさまを描破した、より人間臭い物語と言えるだろう。 (p470)

 『白鯨』は一種神話的な物語だったのか。それはともかくとして、確かに『白鯨』と比較すると、本作はより人間というものを掘り下げており、そして何よりもエンタメ側に大幅に寄せてある。だから『白鯨』よりもずっとずっと読みやすい。

 それでも読みやすさだけでは読書の面白さは測れない。ということで、現在また少しずつ『白鯨』を読み返している。我らがピークォッド号はようやくナンターケットを出港したところである。

北氷洋: The North Water (新潮文庫)

北氷洋: The North Water (新潮文庫)