読書録 本読みの貪欲

地方在住三十路女の読書日記。ミステリ、海外文学、文房具に犬と魚が好き。

MENU

『マーダーボット・ダイアリー』(マーサ・ウェルズ著)【読書感想】

 3連休。読むのを楽しみに積んであったSF小説『マーダーボット・ダイアリー』(マーサ・ウェルズ著 中原尚哉訳)をついに読んだ。一人称が「弊機」の殺人ロボットが主人公の小説だと聞いて興味を持ち、2ヶ月ほど前に買ったものだ。いざという時に読もうと、積んであったのだが、いざという時は中々来ず、どこにも行く予定のないこの連休、ついに手に取ったのだった。創元SF文庫から上下巻で出ているが、1日1冊ペースで一気に読んだ。購入時、本屋さんで上巻だけ買うか、上下巻まとめて買うか迷ったのだが、まとめて買っておいてよかった。

 上巻を開いてすぐに物語に引き込まれた。主人公「弊機」は、人型警備ユニット。非有機部品からなるいわゆるロボットとは違い、構成機体には有機部分とクローン脳を持っている。「弊機」には自我があるのだ。その自我を持った弊機の1人語りとしてこの物語は語られるのだが、この語りが抜群に面白い。語り手の「弊機」は、人の目を見ることが苦手な対人恐怖症、構成機体にも関わらず表情を隠すのが下手で、好きなことは一人で連続ドラマを視聴すること。いわゆるSFの主人公然とはしていない。冒頭からして彼彼女(弊機は性を持たない)は言う。

 統制モジュールをハッキングしたことで、大量殺人ボットになる可能性もありました。しかし直後に、弊社の衛星から流れる娯楽チャンネルの全フィードにアクセスできることに気づきました。以来、三万五千時間あまりが経過しましたが、殺人は犯さず、かわりに映画や連続ドラマや本や演劇や音楽に、たぶん三万五千時間近く耽溺してきました。冷徹な殺人機械のはずなのに、弊機はひどい欠陥品です。

 物語の舞台はずっと先の未来で、舞台は未開発の惑星や放棄されたテラフォーム施設。登場人物は、人間や強化人間や高等な知能を持った宇宙船。SF的世界を正面から書いているにも関わらず、難解さはなく、並行して読んでいる2001年宇宙の旅』(アーサー・C・クラーク著)よりもずっと読みやすい。それはSFにつきものの技術的説明を「弊機」の一人語りという仕組みで巧妙に回避しているからであろう。弊機は警備ユニットであり、備わっている教育モジュールは貧弱なものである。だから読者に説明できない。SF内世界における技術的整合性にそこまで興味のない私のようなSF初心者には、とても易しい仕様となっている。
 その一方で、この『マーダーボット・ダイアリー』の世界観は、独特のリアリティを持って私たち読者に迫る。宇宙が身近となった世界では、国家はほとんど意味を持っていないようだ。国家の代りに惑星社会を支配しているのは、私企業である。統一された貨幣があり、ビジネスがある。保険の仕組みも社会を構成する重要要素であり、未開惑星の研究・開発を行う者はみな、保険をかけている。そもそも主人公の弊機も、保険会社の所有であり、保険加入者に貸し出し、被保険者を守ることで保険の支払いをしなくて済むようにするために存在している。このような現代の資本主義社会、グローバル社会と地続きの社会を舞台にしており、国家間競争が宇宙開発にまで影響を及ぼしている一昔前のSFより、よほどリアルに感じた(余談だが、私は先日、殿堂入りSF小説火星年代記』(レイ・ブラッドベリ著)を読み、その登場人物たちの愛国心に思わず苦笑してしまった。火星にまで来ておきながら、祖国の戦争を気にかけるとは)。

 私は長編小説と思いこの本を買ったのだが、実際は上下巻の文庫本に中編小説が4作収録されている。それぞれの物語は独立しており単体として楽しめる。が、冒頭でも書いたとおり、私は一気に読み通してしまった。
 SFを読む楽しみが詰まった小説で、各種SF賞を受賞しているというのも納得である。

ディストピア×サスペンス『ドローンランド』(トム・ヒレンブラント著)【読書感想】

 ドイツ人作家によるSF小説を読んだ。SFといってもただのSFではない。ディストピア小説だ。『ドローンランド』(トム・ヒレンブラント著 赤坂桃子訳)である。
 正直なところ、この『ドローンランド』という題名には惹かれなかった。原題も『DROHNEN LAND』である。ドローンが身近な名詞となってしまった令和の世においては、もう少し捻りがほしい。それだけここ数年のドローンの普及が急速だったと言えるのかもしれない。原作が出たのが2014年、確かに5年前はドローンは最先端だった。
 ぱっとしない題名だなと失礼にも思いながらもこの本を手にとったのは、ディストピア小説の雄1984と比較するようなキャッチコピーで宣伝されていたからだ。出版社の河出書房新社の書籍紹介のページにも『1984』の文字が踊る。

さまざまなドローンですべてがデータ化される未来社会。サイバー空間を駆使し、欧州議会議員殺害の謎を追う捜査官が、巨大な陰謀に巻き込まれていく。ドローン国家版『1984』。

 また、あとがきはドイツの新聞の書評欄を引いているが、これも魅力的だ。

フランクフルター・アルゲマイネ」紙の書評は、「さすがのオーウェル(ジョージ・オーウェルと、その小説『一九八四年』を指す)も時代遅れになり、この小説の時代がやってきた」と書き、「ディ・ヴェルト」紙の書評には、「われわれは監視社会をめぐる新しい物語を必要としている。トム・ヒレンブラントの未来ミステリー『ドローンランド』がそれである」とある。

 ディストピア小説好きとしては読まないわけにはいかない。

ドローン監視社会×殺人事件

 表紙をめくると、本書に対する期待は一気に高まった。本文が始まる前に「登場人物一覧」があるのだ。登場人物の紹介の欄には「ユーロポール主任警部」などの文字が。
 そして一文目。

 それは、これまで見てきた中で一番りっぱな身なりの死体だった。

 これは、ミステリのフォーマットではないか。

 思えば、ミステリ仕立てのSFが私は好きだ。SF的世界観に謎の死体。『都市と都市』(チャイナ・ミエヴィル著)、『星を継ぐもの』(ジェイムズ・P・ホーガン著)、『鋼鉄都市』(アイザック・アシモフ)、そして森博嗣のWシリーズ。SF×ミステリ小説にハズレはない説をとなえたい。

さて、『ドローンランド』を読み進めよう。舞台は近未来のヨーロッパ。『ドローンランド』の名前の通り、大小様々なドローン(街全体を監視できる大きなものから、「粉」と呼ばれるダニ型の小さなものまで)が活用され、そしてドローンによる監視が当たり前となった世界を描いている。
主人公はユーロポールの警部、アート。物語の冒頭で彼が見た死体は、欧州議会の議員のものであった。問題は超監視社会のハズなのに、殺人者の姿がどこにも映っていなかったということである。アナリストのアヴァ、ユーロポールの捜査コンピュータであるテリーと共に、殺人事件に挑んでいくアートだが、彼はやがてEUを覆う大きな陰謀に巻き込まれていく。
ミステリ的展開を勝手に期待したが、ミステリというよりもサスペンスでした。しかも物語の筋だけ取り出せば、古典的ともいえる所謂「サスペンスもの」であった。しかしそこに古さを感じなかったのは、物語を彩るガチェットが魅力的だからである。なかでも特徴的であり物語のキーとなるのは、ミラーと呼ばれる没入型VR技術である。ミラーを使うと、多数のドローンにより撮影された映像から作成したバーチャル世界に、リアルタイムで入り込むことができる。現実世界の人々にまったく気付かれずに「幽霊」として諜報活動を行うことが可能である。主人公アートは、現実世界とこのミラーの世界を巧みに行き来し、事件の真相に迫っていく。

ディストピア小説としての『ドローンランド』

徹底した監視社会を描いた『ドローンランド』であるが、読んだ際受けた印象は、他のディストピア小説(『1984』やすばらしい新世界』(オルダス・ハクスリー著)、『侍女の物語』(マーガレット・アトウッド著)など)を読んだ際に受ける印象とは大きく異なった。らしく、ないのだ。いわゆるディストピア小説というのは、「個人と社会の関係性」を物語の大きな軸としていると思う。しかしこのドローンランドで描かれているのは、監視社会と個人の関係性というよりも、監視社会自体である。主人公をはじめとする人々は監視社会を受け入れている。監視社会を受け入れたうえで、何が起こり得るのか、どこまでは許されるのか、といったことがテーマとなっている。
だからこそ、そこで描かれた監視社会は地に足の着いたものとなっている。『1984』のどこか寓話めいた社会ではなく、この物語が描いた社会は、あくまで現代社会の延長線上である。当然のごとくドローンが存在する社会、人々を監視することが治安維持のために選択された社会はリアリティがあった。

これからの世の中、世界のドローンランド化は否応なく進むだろう。今回の新型コロナウイルスの流行は、時代を大きく進めることになるかもしれないなどとも思う。未来は見通せない。これから私たちが直面するのはどのような世界だろうか。

最後にネタバレになるかもしれない感想を。
私はこの物語を読んで、上述のディストピア小説たちではなくて、フィリップ・K・ディックの『マイノリティ・リポート伊藤計劃の『ハーモニー』を連想しました。特に『マイノリティ・リポート』と『ドローンランド』は根底に流れているテーマが同じ、「犯罪予知は正しいのか、それによって無罪の人を拘束することは許されるのか」ということだった。
そしてその未来の行動予知を突き詰めると、自由意志の問題にぶつかる。ドローンランドはいずれハーモニー的世界が抱える問題、自由意志の問題に直面することになるだろう。その時、人々はどのような選択をするのだろうか。
久しぶりにディックの短編集、読み返したくなってきた。


ドローンランド

ドローンランド

『世界史を変えた13の病』(ジェニファー・ライト著、鈴木涼子訳)

 新型コロナウイルスの流行に伴い、感染症をテーマにした本が売れているという。カミュ『ペスト』が重版というニュースが流れているし、岩波新書編集部さんは、村上陽一郎『ペスト大流行』山本太郎感染症と文明』の緊急復刊、押谷仁・瀬名秀明パンデミックと戦う』電子書籍版発売をツイートしていた。そのツイートによると、岩波新書(黄色)である『ペスト大流行』は古書価格が10000円を超えているらしい。機会があれば読んでみたい。

 そんななか、私が思い出したのは『世界史を変えた13の病』(ジェニファー・ライト著、鈴木涼子訳)という本である。題名の通り、13の病について、その病が当時の人々や社会にどのような影響を与えたのかということを書いたノンフィクションである。これも何かのきっかけと再読したのだが、やはり初読時とは異なった印象を受けた。

目次
はじめに
アントニヌスの疫--医師が病気について書いた最初の歴史的記録
腺ペスト--恐怖に煽動されて
ダンシングマニア—死の舞踏
天然痘--文明社会を即座に荒廃させたアウトブレーク
梅毒--感染者の文化史
結核--美化される病気
コレラ--悪臭が病気を引き起こすと考えられた
ハンセン病--神父の勇敢な行動が世界を動かした
チフス--病原菌の保菌者の権利
スペインかぜ--第一次大戦のエピデミック
嗜眠性脳炎--忘れ去られている治療法のない病気
ロボトミ--人間の愚かさが生んだ流行病
ポリオ--人々は一丸となって病気を撲滅した
訳者あとがき
原注

 各章は独立しているので、どこからでも読むことができる。初読時は、頭から順番に読んでいったが、今回の再読では気になるところから読んでいった。最初に読んだのはもちろん「スペインかぜ」。

スペインかぜ--第一次大戦のエピデミック

 第1次世界大戦中に、世界中で大流行したインフルエンザである。毎年流行る季節性インフルエンザとは違い、致死性が強く、特に若者が重症化しやすいという特徴をもった感染症である。死亡した患者の35%が20代だったという。
 アメリカのカンザス州で発生したスペインかぜは「兵士とともに国じゅうの陸軍キャンプへ移動し、その後海外へと渡った」。感染力も強く、ウィキペディアによると、世界人口が18〜20億人の時代に、5億人以上が感染し、5000万〜1億人も亡くなったという。
 初読時には、この圧倒的な罹患者数・死者数に表される病気自体の恐ろしさが一番印象に残った。この章の冒頭には「約100年前、一九一八年に、世界中で5000万人がスペインかぜで死亡したが、その原因も治療法も撲滅法も、再来するかどうかも不明である。」という恐ろしい一文まで添えてある。

 しかし今回の再読では、なぜアメリカ発祥の病気なのに「スペインかぜ」という名で呼ばれるようになったのか、というところを一番興味深く読んだ。
 当時のアメリカでは、世界大戦参戦を背景に成立したモラール法という法律で、報道が厳しく規制されていた。

アメリカ政府に対して不実で、冒涜、中傷、罵倒するようなことを発言、印刷、記述、出版すれば」、20年間刑務所に入れられる可能性があった。

 他国でも同様に報道は規制され、この致死性の感染症の流行は、流行当初、国民に知らされることはなかったのである。
 そんななか、第一次世界大戦で中立国であったスペインでは、この感染症の報道がなされたことから「スペインかぜ」と呼ばれるようになったという。
 しかし政府がいくら隠蔽したところでこれだけの感染症だ、隠し通せるわけはない。著者はフィラデルフィアの街で流行が広がる様子を解説するが、なかにこんな一行がある。

秋のあいだに、誰もが病気のことを知っているらしいのに、誰も深刻に受けとめていないような奇妙な時期があった。

 見て見ぬ振りをしようとしても、ウイルスは忖度してくれない。流行は広がり10月の間にフィラデルフィアでは1万1000人の死者が出た。棺の価格が高騰した。子どもの遺体はマカロニ箱に詰められた。葬儀屋は遺体に触れようとしなかったので、家族が埋葬した。

結局、病気や死と効率的に戦うにはどうすべきかという明確な指導がなく、士気が低下した。この頃には危機の明らかな証拠に囲まれていた人々が、有益な情報を得ようとしても、何も問題はないと言う答えが返ってくるばかりだった。新聞が本当の情報提供した時でさえ、人々はもはやそれを信じていいのか確信を持てなくなっていた。

 人々の不安は、パニックとなって街を襲った。

スペインかぜは十四世紀のペストと同様に“疫病”と呼ばれるようになった。

 情報不足による不安、そして社会的な混乱。現在進行形で、新型コロナウイルスの流行に直面している世界が、100年前の世界とオーバーラップする。社会の混乱には「スペインかぜ」ほどの感染力も死亡率もいらない、ということが証明されつつある。いくら科学が進歩しようとも人間は人間である。集団ヒステリーの恐ろしさは時代を超越する。

疫病と人間

 この本を読むと、スペインかぜ以前にも—それこそローマ時代から--人々は感染症を前に不安に陥り、社会を荒廃させてきたことが分かる。しかしそれと同時に、病に対し勇気をもって戦う人々もいた。人々は何千年も前から病に苦しできたが、それでも現在まで、種を繋いできたのだ。
 新型コロナウイルスの流行は、人間という動物の、あるいはそんな動物が作り出した社会の脆弱性を再発見させた。
 正直、感染症の影響が、ここまで自分自身の生活に入り込んでくるなんて、ひと月前までは思ってもいなかった。今はまだ日常は日常として続いているが、今後どうなるのかは本当に分からない。病気も怖いが、その後に来るであろう不景気も怖い。そして何より、人間の醜さが日々のメディア報道により否応無く飛び込んでくるのが、そろそろ辛くなってきた。
 でも、だからこそ、人は過去の人々がどのように、今の自分が抱える問題と向き合ってきたのか知りたいと思うのだろう。だからこそ、本を読むのだろう。私は今、カミュの『ペスト』を読んでみたいと思う人の気持ちがよく分かる。


世界史を変えた13の病

世界史を変えた13の病