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読書録 本読みの貪欲

近畿地方の某田舎町で一人暮らし中。

監禁、人間性の喪失、孤独。そして詩情。『ささやかな手記』 サンドリーヌ・コレット

 読んだ。久しぶりのハヤカワミステリ。新書より少し背が高く、黄色い紙のハヤカワミステリだ。もちろん推理小説を期待して本を開いたのだが……あれ、これってホラー? 背表紙を読んでみる。

目覚めると、鎖をつけられ、地下室で監禁されていた――

 ホラーではなくとも、スプラッタ臭がするのは間違いではなかったようだ。そういえば数年前にはやったフランスのミステリ『その女アレックス』の冒頭も監禁シーンから始まった。鳥小屋に監禁されたアレックスの描写は、なかなかすごかった。そんなことを思い出した。
裏表紙の作品紹介を読み進める。

あらゆる農作業と重労働、家事に酷使され、食べ物もろくに与えられず、テオは心身ともに衰弱していく。ある日、老兄弟の隙をついて脱出を試みるが。フランス推理小説大賞。813賞の二冠に輝いた傑作サスペンス。

本の中に戻る。内容は題名通り「手記」の形態をとっている。手記の主人公が、テオだ。テオは粗暴な前科者、「たとえ本人が暴力に背を向けても、暴力のほうから近寄ってくるタイプの人間」であり、実の兄を暴行し寝たきりの障碍者にしてしまう。が、手記の中において、彼は加害者ではなく、被害者だ。
 内容は作品紹介の通り。彼は見ず知らずの老兄弟に誘拐・監禁され、老兄弟の私的な奴隷として過酷な労働を課せられる。

 そこにあるのは理不尽な暴力だ。

 さらに読む。読んでも読んでも、理不尽な暴力の描写がひたすら続く。思わず目をそむけたくなる。同じく奴隷として働かされている同居人は、怪我が元になりだんだんと弱っていく。

「どうあがいても逃げられないよ。昼も夜も足に鎖がつけられているんだから。それに下衆の片割れが、いつもそばに張りついている」(p68)

 そして読者である私たちも、この物語からは逃れられない。どこに惹かれたのか、明確に言葉にするのは難しい。それでも私は一息にこの本を読んだ。久しぶりの一気読みだ。
 この本の魅力は、暴力描写ではない。暴力にさらされる日々が日常になったとき、そこにある人生を書き出したことに、この本の魅力がある。そう、日常。テオは奴隷として、衰弱しつつも生き延びる。そこには閉鎖された人間関係があり、季節の移り変わりがある。
 訳者あとがきにはこうある。

ちなみに、仏ニュースサイト〈20minutes〉で著者はこの作品のテーマについて、「監禁、人間性の喪失、孤独。そしてそのなかにあっても残る詩情のかけら」と答えている。(p269) 

 詩情のかけら。死を目前にして生きるテオ。彼は、地下室の檻で底なしの孤独を感じる。そのなかで幼いころに学んだ詩を思い出す。自分の境遇を嘆き、時には死を思い、しかし生きようとする。こんなことを書くのは不謹慎なのだろうが、わたしは思わず、ヴィクトール・フランクル『夜と霧』を思い出した。「それでも人生にイエスという」
客観的に見れば、この物語は決してハッピーエンドではない。テオはどうしようもない人間で、監禁されたことを差し引いても、決して善人ではない。主観的にも、彼はきっと幸せを感じることなく死んでいくのだろう。それでも。そんな人間でも。私たちの人生には、ときに、思いがけない形で「詩情」に出会う可能性を秘めている。

ささやかな手記 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)