読書録 地方生活の日々と読書

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香菜里屋シリーズ2作目。北森鴻『桜宵』を読む。

 この3連休は、本を読むか、漫画を読むか、本棚を整理するかしているうちに終わってしまった。

 ある本を少し読んでは別の本を手にするという、集中力のない読書であった。そんな中でも読み切ったのが、北森鴻さんの『桜宵』である。香菜里屋シリーズの第2作目。ビアバー香菜里屋を舞台にしたミステリ短編集であり、バーのマスターの工藤が、客が持ち込むちょっとした謎を、卓越した観察力と推理力で解いていくシリーズである。全4作であり、中高生の私はこのシリーズが大好きだった。

 実は三連休の初日にちょっと嫌なことがあった。休みなのにテンションが上がらない。そういう時は面白い小説を読むに限るが、いまいち気力が伴わない。そんな時、久しぶりに手に取ったのが北森鴻さんのこの1冊だった。短編を一編また一編と読んでいくうちに、落ち込んでいた気分が癒されていくのを感じた。

 結局私が読書に求めているのは、現実逃避に過ぎないのではないか、ということを最近よく考える。私はたいした人間ではないし、たいしたことを読書に求めているわけでは無いのではないか。もちろん広大な書物の海の中から奇跡のように面白い一冊を見つけ出すことには興味があるが、それとは別次元の効用として読書に求めるのは精神の慰安である。この効用があるからこそ、私は本に救われてきたのではないか。いくら読めば面白いことが分かっていても、落ち込んでいるときに難解な南米マジックリアリズム小説なんて読めない。疲れているときに手が伸びるのは、かつて中学生の頃の私が夢中になった小説--推理小説である。人が死ぬような話で癒しを得るなんておかしな話だが、実際にそうなのだから仕方がない。

 特にこの香菜里屋シリーズは、作中のテンションが高くなく、疲れた心に寄り添ってくれる。短編集なのでそこまで集中力も必要ない。一編ずつが独立しているのでどこからでも読みやすい。そして何よりおいしそうな創作料理の描写がある。香菜里屋はマスターが1人で切り盛りしている、カウンター席をメインにした小さなバーであり、飲んで騒ぐような店ではない。その一方で客同士の会話が盛んで、いかにも居心地の良さそうな場所である。ビールの品揃えは、度数の違う4種類。ときには日本酒が置いてあったり、カクテルが振る舞われたりもする。そして料理。マスター工藤の手による料理は、一風変わっており、しかしどれも美味しそうだ。そしてその料理は物語上の謎と絶妙にリンクしているのだ。
 料理とその料理に関わる謎を味わっていると、おのずと物語に引き込まれる。そして、こんな店が近くにあったらなぁと思いながら本を閉じふと気がつけば、元気になっている自分がいた。

 この短編集には5つの短編が収録されている。1番好きなのは5作目の『約束』かな。ただし、この『約束』、舞台が香菜里屋では無い。出張編みたいな感じである。ハッピーエンドではないが北森鴻さんらしい物語であると思う(といってもその「らしさ」を言語化できるほど感想を整理してはいないのだけど)。

 ちなみに元気になった今は、順番が逆になったが、シリーズ1作目『花の下にて春死なむ』を再々読中。

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桜宵 (講談社文庫)