読書録 本読みの貪欲

近畿地方の某田舎町で一人暮らし中。

大人の童話もどきの変な本 『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』アンドリュー・カウフマン

装幀に惹かれて手に取る本がある。
本書も真っ黄色の背景に、黒色の変わったフォントで書かれたタイトル、という姿が目を引いた。
しかもそのタイトルが『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』
原題は『The Tiny Wife』
これは日本語題をつけた訳者が偉い。
ちなみに「事件」というだけあって、出版は東京創元社より。
以下、ネタばれ注意。

大人の童話?

大人の童話、といったものが10年ぐらい前に流行っていた気がする。
『本当は怖いグリムの童話』みたいなやつである。
本書をぱらぱらすると、大きめの文字や所々の挿絵が目に入る。
大人の童話系の物語なのかと思った。
違った。
分類すればファンタジーではあろう。
もちろんミステリでもない。
しかし童話ではない、と思う。
現実と地続きの世俗的な煩悩を比喩で盛った、といった感じである。
倉橋由美子『大人のための残酷童話』のような幻想性や現実社会を斜に構えた感はない。
あくまで現実社会に寄り添っているのだ。
読後感は、童話を読んだ後よりも、クレイマー、クレイマーといった家族問題をテーマにした映画を見た後に似ている気がする。
これは夫婦仲に問題を抱える一人の男が語り手となっているからかもしれない。

ある日事件が起こる

銀行強盗は、たまたまそこにいた客や従業員から、「もっとも思い入れのあるもの」を強奪する。
例えば、子どもの写真や母親に買ってもらった時計など。
語り手の妻は、電卓を奪われた。
高校2年生の時、夫の微積の宿題を手伝ったときに使った電卓だ。
この電卓で家の購入や子作りの計画も立てた。
それら思い入れのあるものを奪い、強盗は言う。

私は、あなたがたの魂の五十一%を手に、ここを立ち去ってゆきます。

魂とはそこにある物ではなく、常に補充し続けなければならないものだと。
そして、もし奪われた51%を回復できなければ、命を失うかもしれないと。

やがて被害者たちの近辺で不思議なことが起こり始める。
たとえば、毎朝、三角数ミリだけ体が縮んでしまったり。
心臓が爆弾になったり、オフィスが水に満たされたり、母親が分裂したり、夫が雪だるまになってしまったりする。

魂を回復するとは。

物語は語り手と妻との関係を縦軸に、被害者たちが不思議な出来事を乗り越えたり、乗り越えられなかったりすることを横軸に進んでいく。
語り手夫婦は、子どもが生まれてから関係がぎくしゃくしていたことが判明する。
会話もあるし、それなりに仲の良い夫婦に見えるけれども、二人の間に開いてしまった溝は深い。
縮んで消えてしまう前に、二人の仲は改善するのか。

本書を読んで思ったこと。
魂を回復する、ということはよく分からなかった。
51%ってなんだよ。
ただ、生き延びることができた被害者とできなかった被害者との違いは、その理不尽な状況に立ち迎えたかどうかであるように思った。

理不尽な状況を引き起こすものは何か。
銀行強盗に差し出した「もっとも思い入れのあるもの」であり、失われた魂である。
彼らは、それらのものや失われた魂と決別しなければならない。
そして新たな関係を、新たなものや魂を、築かねばならない。
思い入れのある物=過去との執着を断ち切り、新たな局面を正面から迎え入れる。
難なくやってのける人もいれば、現状に甘んじ、なあなあに流してしまう人もいる。

現実の、すぐそこにある問題から目を反らしていませんか。
心の奥底に燻っている不満な過去はありませんか。
この黄色い本からは、そう問われている気がする。
過去や現状に囚われることなく、未来に進む。
そのためにはまず、過去や現状としっかり目を合わせ、声を聞かなければならない。

読書録

『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』
作者:アンドリュー・カウフマン
訳者:田内志文
出版社:東京創元社

銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件