読書録 地方生活の日々と読書

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犬が語るミステリー 『ぼくの名はチェット』スペンサー・クイン

犬が好きだ。
くるくるとその場を回ったり、じっと窓の外を覗いている姿を見ると、こいつらは何を考えているのだろうかと思う。
ああ、犬と話せたらいいのに。
でもきっと人が犬のことを好きなのは犬たちが決して言葉を話さないからだ。
言葉の非万能性を教えてくれるのは、犬たちなのかもしれない。
言葉なんてなくとも、友情が成立することも。

犬が好きなので、物語に犬が出てくると嬉しくなる。
もしその犬が話したら。最高だ。
『ぼくの名はチェット』は犬のチェットによって語られるミステリだ。
一人称ならぬ一犬称だ。
チェットは、警察犬になりそこなった大型犬。
食べ物とドライブと水遊び、それから飼い主のバーニーが大好き。
私立探偵であるバーニーの仕事を手伝うことも。

名犬チェットと名探偵バーニー

ある日バーニーは行方不明になった女子高生マディソンの捜索を依頼される。
捜査は難航し、一人と一匹はあっちへ行ったりこっちへ行ったり。途中、チェットが誘拐されたりもしてしまう。
でも全編にユーモアが溢れているのは、チェットによる語りの効能だろう。
チェットは犬なので、記憶力も思考力も集中力も頼りない。
重要な場面を目撃しても、それをバーニーに伝えることができない。

「ここだけの話だけど、心配なんだよ」
 そりゃ、大変だ。
「これが家でだと思えるか? ノー。変質者による誘拐か。ノー。身代金目的の誘拐か? 僕はそれが正しい答えだと思えてならない」
 もしバーニーがそう思うなら、ぼくの心も同じだ。
「だとすれば、問題がある」
 ぼくは待った。
「身代金の要求がない。なんの要求もしてこない営利誘拐なんて聞いたことがあるか?」
 ぼくは聞いたことがない。
「じゃあ、いったい、何が起きてる?」
 さあ、どうなんだろう? バーニーはこれがワイルド・グース・チェイスかレッド・へリングなのか知りたいのだろうか? ちょっと待てよ。いそぐなよ、チェット。そのときぼくの脳裏に、窓際に立っていたマディソンのおぼろげな記憶が、かすかによみがえった。
「なんで吠えるんだ?」バーニーに注意されたが、なんだかわけがわからないままに、ぼくは吠えつづけた。

でもその代わりにチェットはいつも快活で、強力な嗅覚と警察犬学校一のジャンプ力を持つ。
犯人の足にがぶりとやって、事件の終わりを飾るのだ。

原題は『DOG ON IT』。17カ国で翻訳されているらしい。
犬好きの心は世界共通なのだろう。
個人的には、チェットの一人称を「ぼく」にした訳者の古草秀子が素晴らしいと思う。

犬好きなら一度は読んでおいてはずれはない。
チェットの活躍するシリーズは、今のところ3作日本語で出ているようだ。
シリーズものはあまり読まないようにしているが……さっそく二作目に手を伸ばしそう。
だって次回作に回収されるであろう伏線が、しっかりと張られているんだもの。
気になって仕方がない。どうなるチェット?

読書録

『ぼくの名はチェット』
著者:スペンサー・クイン(ピーター・エイブラハムズ)
訳者:古草秀子
出版社:東京創元社
出版年:2010年

ぼくの名はチェット (名犬チェットと探偵バーニー1) (名犬チェットと探偵バーニー 1)