読書録 地方生活の日々と読書

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『火の賜物 ヒトは料理で進化した』 リチャード・ランカム著

 究極のところ、私は「自分の人生とは何か」ということにしか興味がない。しかし「自分の人生とは何か」ということを考えるにあたり「人間とは何か」という問いは避けては通れないし、「人間とは何か」という問いに対するアプローチは多々あるとは思うが、その中の一つでとても興味深い学問の一つが人類学であると思う。文学的アプローチもいいけれども、やっぱり科学は偉大である。人類学という学問の全容は、いまいちよく分かっていないのだけれども、高校生に戻れたとして、もう一度専攻する学部学科を選べるとしたら、人類学系の学部を選ぶかもしれない(実際に自分が選んだ学部や文学や哲学や考古学を専攻するかも知れないが)。
 リチャード・ランガム著『火の賜物 ヒトは料理で進化した』は、人はどうして人になったのか、「何がわれわれを人間にしたのか」という問いに、「料理」と答える本である。訳者あとがきによると著者は、ハーヴァード大学生物人類学教授。

 進化の要因として肉食や狩猟を重視してきたこれまでの学説に対し、料理による食物の変化とエネルギーの供給に力点を移した斬新な提言だ。  (p231 「訳者あとがき」)

 とは言っても難しい本ではない。分かりやすい訳文と人類学的ロマンで、専門外の私でも一気に読めてしまう面白さをもつ一冊になっている。原題は『Catching Fire』。個人的には日本語訳の『ヒトは料理で進化した』のそのものズバリ感が好き。目次は以下。

はじめに 料理の仮説
第1章 生食主義者の研究
第2章 料理と体
第3章 料理のエネルギー理論
第4章 料理の始まり
第5章 脳によい食事
第6章 料理はいかに人を解放するか
第7章 料理と結婚
第8章 料理と旅
おわりに 料理と知識
謝辞

訳者あとがき
参考文献
索引

料理の仮説

 本書の主張を要約すれば次のようになる。
 料理をする、火を通すことで、食べ物は総じて消化しやすくなる。ヒトは料理したものを食べることによって、消化管を短くし、消化に費やすエネルギーや時間を節約することができるようになった。ヒトは消化管を短くした代わりに、脳を増大させた。節約されたエネルギーは脳に回され、食べ物を噛んだり消化したりしていた時間で文化的な活動ができるようになった。

 料理によって進化したヒトは、もはや料理なしには生きていけない。生食を続ける実験では、栄養士のもとカロリー計算をした食事を摂取しても、体重は減ってしまった。生卵のタンパク質の消化率は65%ほどだが、料理した卵の消化率は91-94%だという。ヒトは生食だけでは十分なエネルギーや栄養分を摂取することはできないのだ(だから、ダイエットにはいいのかもしれない)。遭難などで、料理なしで長期間生き延びた記録も、意外なことにほとんどないらしい。ロビンソン・クルーソーは、火を起こせたからこそ、無人島で生き延びることができたのだ。

 料理は社会システムも変化させた。例えば、結婚。男が狩猟をし、その間に女が料理をするという男女分業は、ヒトをヒトと特徴づける特徴としてあげられる。成人したチンパンジーは、雌雄で食料を分け合うことはない。それは彼らには料理をする必要がないからだ。各々採ったものを食べればよい。人間には料理された食料がいる。しかし、料理には時間がかかる。そこで、男が狩猟を行っている間に女が料理をするという形式が生まれた。結婚することにより男は料理された食べ物を食べることができるようになり、女は肉と男による保護を得ることができる。
 また、人間のもつ協調性も料理や火によって得られたのかもしれないと本書は説く。

食べることは生きること

 生きることとはどういうことか。難しい問いだ。しかし生きるということが、食べて成長成熟し、繁殖して死ぬことであるということはひとつの事実であろう。食べるということは重要だ。多くの生物はそれぞれの「食べる」を特化させ、その結果として現在の形に進化してきた。人間も、動物の一種であることは間違いない。
 私は食べることが好きだ。基本的に毎日自炊している。食べること、料理することは日常である。
 その日常も、人類何十万年の進化の帰結であるのだ。ヒトという動物は柔らかいものを好む。一度ぐらい、柔らかい和牛を存分に食べたいと望むのは、決しておかしな欲望ではないのである。

 この本は料理と人間との関係について、いろいろな面から光を当てる。人間とは何かということに興味がある方だけではなく、食べることが好きな方、ダイエットに興味がある方(カロリー計算の歴史や問題点にも触れられている!)にも、オススメの一冊です。

読書録

『火の賜物 ヒトは料理で進化した』
著者:リチャード・ランガム
訳者:依田卓巳
出版社:NTT出版
出版年:2010年

火の賜物―ヒトは料理で進化した