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読書録 本読みの貪欲

近畿地方の某田舎町で一人暮らし中。

中島らもの長編小説一気読み!『ガダラの豚』

日本の物語 読んだ本

久しぶりに小説の一気読みをした気がする。
中島らもガダラの豚を読んだ。これがとにかく面白い。
祝日1日を読書に使ってしまったではないか。せっかくの秋晴れだったのに。

とにかく面白かった。

内容を説明するのは難しい。
主人公の大生部はアフリカの呪術を専門とする文化人類学者である。二児の父親だったが、現在は深い知識をもったアル中である。
すばらしい研究をしたもののその成果が学術界に認められず、追加研究の資金集めのためにマスコミに顔を売る日々。ある番組で超能力者や奇術師たちと知り合うが、それを発端となり長い物語が進行していく。

単行本では一巻モノだが、文庫本は三冊に別れている。
Ⅰ部はテレビ番組の出演と大生部の妻がハマってしまった新興宗教のインチキあばき、Ⅱ部はテレビの特番取材でケニアの呪術師の村訪問、Ⅲ部は東京で呪いに殺されそうになることがメインとなっているが、どうしてそうなるのかは、本を手にとって読んでほしい。
後悔はしないと思う。面白い。エンターテイメント小説の髄がたっぷりつまっている。
ご都合主義かと思ってしまうほど、強引なストーリー展開なのだが、だからこそ、先が読めずに本から手が離せない。もう一気読みするしかない。だって気になってしまうのだから。

特にドラマのTRICKが好きだったみなさん、この小説は「読み」です。
私はTRICKがすごく好きだった。第一部は深夜放送だったのでリアルタイムでは見ていなかったのだが、二部と三部(「部」という表現であってるかな?)は毎週楽しみにしていた。ノベライズ版も持っており繰り返し読んだ。
二時間のうちに、似非能力者やインチキ宗教を、科学の光の下でその正体を暴く。このときの爽快感。
同じような楽しみをこの『ガダラの豚』でも感じることができる。
さらに言えば、「本物の呪いもこの世にはあるんだよ」といった部分もTRICKとの共通点だ。
山田も上田も出てこないが、それに匹敵するぐらいインパクトの強い登場人物たちが出てくる。
この物語は第47回日本推理作家協会賞もとっているのだが、その「受賞の言葉」にはこうある。

この作品は、もともと七百枚をめどにして書き始めたのですが、途中で人物が勝手に動き始め、結果的には千四百枚の長編になってしまいました。

中島らもにも制御できないほどアクの強い人物たちなのだ。

蛇足だが私はこの物語をミステリとしては読まなかったし、どこがミステリなのかよく分からない。
この物語には分類不要な面白さがある。それで読者には十分だ。

ガダラの豚

ちなみに『ガダラの豚』というタイトルは聖書の物語からきている。
とある男にとりついている悪霊たちを、イエスが豚にとりつかせる。すると悪霊にとりつかれた豚たちは自ら崖から飛び降り死んでしまう。
このエピソード、ドストエフスキー『悪霊』で引かれていたやつだった気がする。有名なのだろうか。悪霊といったらコレといったエピソードなのかもしれない。はい、不勉強です。

でも著者はどうしてこのタイトルをつけたのだろう。
ガダラの豚、とは誰のことだろう?
私たちのこと、だろうか。現代社会に生きる人間たち。
だとすると悪霊とはなにか。
目に見えるものしか、科学的に説明することができることしか、事実と認めない私たちの思想なのではないか。
私たちには「合理主義」という名の悪霊に取りつかれている。
合理的に、効率的に走り続けていると、いつの間にか確かにあったはずの地面が消えてなくなっている……
ふと、そんなことを思った。
呪術は現代社会にも生きているのかもしれない。例えばブログの何気ない言葉に紛れて。

追記 以前読んだ中島らもの小説とエッセイ


たぶん再読 中島らも『今夜、すべてのバーで』 - 読書録 本読みの貪欲


中島らものエッセイを読む 『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』 - 読書録 本読みの貪欲


ガダラの豚 I (集英社文庫)ガダラの豚 II (集英社文庫)ガダラの豚 III (集英社文庫)