家電の断捨離 稲垣えみ子『寂しい生活』【読書感想】
稲垣えみ子著『寂しい生活』というエッセイを読んだ。著者の本を読むのは2作目で、1作目は今年のはじめに読んだ『もうレシピ本はいらない 人生を救う最強の食卓』である。家電なし生活を送る著者の食生活についてのエッセイであり、著者の軽妙な語り口に乗せられて面白く読んだのだった。
本書は、著者の家電を捨てていく過程に焦点を当てたエッセイである。著者は家電の断捨離を通して、人生の自由を取り戻していく。冷蔵庫や炊飯器といった調理家電の断捨離について『もうレシピ本はいらない』と重複するところもあるが、本書は家電断捨離に至った思考過程やその際に気づいた物が溢れる生活に対する疑問といった、より思想的な部分が掘り下げられている。
はじめに
1 それは原発事故から始まった(アナザーワールドへ)
2 捨てること=資源発掘?(掃除機、電子レンジ……)
3 嫌いなものが好きになる(暑さ、寒さとの全面対決)
4 冷蔵庫をなくすという革命(たいしたことない自分に気づく)
5 所有という貧しさ(果てしなき戦いの果てに)
6 で、家電とはなんだったのか(まさかの結論)
家電を一つずつ捨てていった著者の家にある家電は、電灯、ラジオ、パソコン、携帯のみであるらしい。電気代は月150円ちょっと。ガスの契約も止めてしまった。炊事はガスコンロで、風呂は銭湯へ行く生活である。
家電を断捨離していく過程で、家電以外の物も減っていった。終いには、自身の職までも断捨離してしまう。とても真似できない。物を減らしていくことで、生活は不便になったのか。答えは否。著者は「自由」を手に入れる。物から、自らの欲望から解放される自由である。
本書には印象的な言葉が溢れている。それは著者が実際に実践している生活を元にこの本を書いているからであろう。
その中で特に印象深かったのは、冷蔵庫とは何かを改めて考えるエピソードと物に囲まれた生活を送り、物に殺されそうになっている老親についてのエピソードである。
冷蔵庫という欲望の箱
著者は冷蔵庫を捨てることで、食材を腐れせるということがほとんどなくなったという。今日食べる、必要なものだけを買うようになったからである。冷蔵庫をなくすことで、自分が食べられる現実的な食べ物の量、「身のほど」を知ることができたのだ。
冷蔵庫という存在は「生きていくこと」の本質を見えなくしてしまったのではないだろうか。
冷蔵庫の中には、買いたいという欲と、食べたいという欲がパンパンに詰まっている。人の欲はとどまることを知らず、その食べ物の多くは実際には食べられることはない。もはやそれは食べ物ではない「何か」なのだ。
「欲」と「欲じゃないこと」の境目がグズグズになっている。そんな中では、自分にとって「本当に必要なこと」はどんどんわからなくなり、人はぼんやりとした欲望に支配される。ただただ失うことだけをやみくもに恐れるようになるのである。
それが、今の世の中における「不安」の正体なのではないか。
ただただ失うことをやみくもに恐れる。漠然とした不安を常に感じている自分には身に覚えがある。私はたくさんの物に囲まれて生きているが、それらの物が必ずしも生存に必要かと言われると、そんなことはない。何で買ってしまったのかが分からない物、一時の感情で衝動的に買ってしまった物もたくさんある。本当に必要なものだけに囲まれて生きる。生きていくことに必要な物はそんなに多くはないことを知る。そのことで漠然とした不安がなくなるのであれば、試してみたい気がする。
モノに殺される
現代の生活は、モノが溢れ、どんどん複雑になっている。もちろんモノは生活を便利にするために、発明され製造されている。しかし著者は「多すぎるモノはだんだん、人々の手に負えなくなってくる」と指摘する。整理整頓が苦手な私には、この手に負えなくなる感がよく分かる。自分に扱える容量を超えたモノを目にすると、一気にパニックになってしまう。だから身の回りのモノは減らして起きたいという気持ちがあるにはあるのだ。でも、不思議なことに身の回りのモノは増える一方なのである。本とか、ね。
だからモノに囲まれた著者の老親が、その溢れかえったモノに苦しめられるエピソードは他人事ではなかった。
私は帰省するたびに、母はモノに殺されてしまうんじゃないかと気が気ではなくなってきました。それでもモノは際限なく増えていくのです。
それでも両親はモノを買うことをやめません。大量の洋服を整理しきれなくなった母は混乱の末に「着る服がない」と訴え、父は「買ったらいい」と応じる。しかしもちろん、新たに買った服は溢れかえった服の波の中に埋もれてしまう。
この部分を読んでとても恐ろしく思った。自分の未来を見ているかのようだった。だからといって家電を捨てることは、今の私にはできない。今できることは、使わないモノは捨てて、これからは出来るだけ不要なモノを買わないようにすることである。
ただ、困ったことに欲しいモノはたくさんあるんだよな。読みたい本もいっぱいあるし。本棚も手狭になってきたからもう一つ欲しいし。
欲望には天井がない。
せめてそのことに自覚的になって生きていこうと思う。
欲望、消費を幸福のための善とする社会を描き出したディストピアSF小説『すばらしい新世界』(オルダス・ハクスリー)と併読して読んだので、いろいろと考えることも多かった一冊であった。
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