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読書録 本読みの貪欲

近畿地方の某田舎町で一人暮らし中。

三連休と本

先週末は三連休だった。特に何もしなかった。あえて言うなら魚介をいっぱい食べた。おいしかった。
ほんと普段通りの休みだった。秋空は先日の大雨が嘘のようにきれいに晴れていた。私のなかで普段通りの休日ということは、本屋へ行き図書館へ行った、ということである。

図書館通いは、ひどい時は週三回だったので、週に一度土日のどちらかに通うだけの今はだいぶ落ち着いてきたといえる。
以前から気になっていた『謎の独立国家ソマリランドを借りた。分厚い。嬉しい。
私の通う市立図書館は、バーコード読み取り機で利用者が自ら貸出処理を行うようになっている。その貸出機械は三つ並んでおり、私は一番右の機械を使っていた。
ふと隣をみると、5歳と7歳くらいの姉妹をつれたお父さんが、大量の絵本を借りていた。ほほえましい。
絵本の貸出処理が終わった後、お父さんの手元にはいくつかの単行本が残っていた。あきらかに大人向けの本だ。お父さん自身が読むのだろう。
と、そのとき、彼の持つ本の題名が目に入った。
『別れの技術』
別れ……一瞬にして下種な想像が頭を駆け巡る。思わずお父さんをみる。派手だが嫌味のない薄赤色シャツに黒のサスペンダーをつけたおしゃれな人だった。背も高い。肌も綺麗。子どももよく懐いている。
『別れの技術』、いったいどんな本なのだろう。ネットで調べればいいのだけど、どうも調べる気にならないでいる。

今週は本屋だけではなく、古本屋にも行った。本を売ろうと思い立ったのだ。
とはいってもたいした本はない。溜まっていた雑誌のバックナンバーを売ろうと思ったのだ。
行き先はブックオフ。いつも行くブックオフではなく、近くに新刊書店のある店舗に行った。
売ってみると、24冊で1400円だった。雑誌は一冊50円で売れた。雑誌の他に持っていった就活関連本が100円で売れた。ちょっとうれしい。
しかも倉橋由美子の文庫本を100円コーナーで見つけた。
持っていなかったバージニア』と『妖女のように』の二冊。先週も倉橋由美子の怪奇掌編』を買ったので、今月、倉橋作品を買うのは三冊目である。長編が読みたいのだけど、わが田舎町の古本屋にはなかなか売っていない。残念。いや、でも短編でも嬉しい。

古本屋へ行き、軍資金を手に入れたので、そのままの足で新刊書店に行く。
買うかどうか迷っていたエリック・ホッファー『波止場日記』を買うと決意したのである。
ところが、売っていなかったのである。9月10日発売だから、そろそろ本屋に並んでいるだろうと思ったのに。連休だし。
しょうがない。このまま帰るか。いや、でもせっかく来たんだし。
20秒ほど考えた後、『エリックホッファー自伝――構想された真実』を購入。「構想された真実」って言葉の並びが(詩的な意味で)素敵だと思う。『波止場日記』が4000円ぐらいだったのに対し、こちらの自伝は2200円。値段に惹かれた、というのもある。とりあえず自伝を読んでから『波止場日記』の購入は考えることにする。
ついでに新書コーナーを覗くと、岩波新書の「読者が選ぶこの1冊」フェアの棚が大きくとってあった。
思わず一冊買ってしまう。
4000円の本を買うつもりで来て2200円しか使わなかった、新書を買っても3200円、予定よりお得だ、という冷静に考えたら訳の分からない理屈を持って自分を納得させる。買ったのは暉岡淑子『豊かさとは何か』「日本人の生活に欠如している点がいまだあるようで、教科書的な本。」という30代男性の方の感想が帯に書いてあり、「いまだ」といった過去を暗示させる言葉や「教科書的」なる言葉に惹かれて買ってしまった。1989年、バブルがはじけるかはじけないかぐらいの時に発行された本である。そのタイミングも興味深い。私は当時まだ生まれていない。

部屋を掃除していたら、なくしたと思っていたアマゾンギフトカード3000円分が出てきた!
なくしたと思っていた文房具も出てきた!
床に積んであった本を、スチールラックの上に積み直しただけだけど、掃除してよかった。
三連休であった唯一のよいことかもしれない。
さっそく、アマゾンギフトカードの番号をサイトに打ち込んだ。3000円分何買おうかな。

読みたい本はつきない。永遠の命があればと思うが、もし、永遠に生きることができるのなら、本なんて読まないだろうな、とも思う。
気づいたら、何もしないうちに三連休が終わっていた。

豊かさとは何か (岩波新書)

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