読書録 地方生活の日々と読書

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米澤穂信『満願』【読書感想】

 ある日、米澤穂信『満願』を原作とするドラマの宣伝を見た。そういえばこの本を持っていたな、長編ミステリかと思っていたが短編集だったのか、と思った。せっかくなので積読山から単行本を探し出し、開いてみる。6つの短編が収められており、ドラマ化したのはそのうちの3つ(『夜警』『万灯』『満願』)であるらしい。
 どの作品もミステリ風味である。すべての作品が一人称で書かれており、どの作品にもうっすらと暗い雰囲気が漂っている。
 米澤穂信さんの小説を読むのは始めただったのだけれども、もっと軽い文章を書く人なのかと思っていたので少し意外だった。タイトルもすべて漢字のみ、しかも普段の生活ではあまり見かけない漢字の単語であり、いかにも怪しげである。目次を見るだけで、期待感が膨らむ。



 以下、それぞれの短編の一言感想。

米澤穂信『満願』感想

『夜警』

 犯人を取り押さえ時に殉職した部下の死に疑問を持つ、警官が主人公の話。読者は、読み進めることで死んだ部下の人となりと事件当日の流れを追う。主人公曰く「警官に向かない」、小心者である殉職した部下の卑怯なところが、私の中にもある気がしてヒヤリとする。

『死人宿』

 自殺の名所の近くにある宿が舞台。その宿で働く主人公の元カノが、露天風呂の脱衣所で遺書の落とし物を見つける。主人公と元カノは宿泊客の誰が自殺志願者かを探そうとするが…という話。6つの短編の中で一番ミステリ感が強い。この短編集の中で一番好きな話。

『柘榴』

 女ゴコロを惹きつけてやまないダメ男とその妻と娘たちの話。妻と長女の視点で物語は語られる。一人の男を取り合う母と娘たち。この物語が説得力を持つのは小説という形式ならではだと思う。魅力的なダメ男が役者という姿を与えられた瞬間に、この物語の説得力はなくなるだろう。ドラマ化は難しいだろうな、と思った。

『万灯』

 バングラディッシュでガス開発を行おうとする商社マン主人公が、現地の人間相手に奮闘するお仕事小説。この短編集の中では一番長い。80ページほどあるが、すべては最後の5ページのためにある。完璧に嵌められて(自業自得なのだが…)、窮地に陥ってしまう主人公にゾクゾクした。

『関守』

 事故が頻発する山道を取材に訪れたライターの主人公。ドライブインに立ち寄り、そこの老婆に事件の話を取材すると、彼女は事故死した故人たちのことを知っているという。ホラー風味の短編。しかし話を聞くうちに明かされたのは、深い人間の業だった。

『満願』

 表題作。主人公の弁護士は、かつて下宿していた畳屋の女将が起こした殺人事件の弁護人となった。心優しかった彼女が何故殺人事件を起こしたのか。こんな動機ありなのかという驚きが待つワイダニット。この動機の小説はたぶん今までに読んだことがなかったように思う。そういうことか、と驚いた。


 6作品中4作品で殺人事件が起こるというハードな短編集である。暗くてどこかヒヤリとした読後感があるのは、その殺人事件や傷害事件の動機が、よくある「恨み」「怒り」ではないからだろう。その動機は「邪魔だから殺す」といったような自己中心的なものであり、犯人たちには、自分の大切なものを守るためには、死人がでるのも止む終えないとでもいうような冷たさがあった。そしてその冷たさ、冷静さが本書の魅力であり、またその冷たさがもたらす帰結(あるいは冷たさの発覚)が、小説のオチとして素敵に機能している。
 型に嵌まったミステリではないが、ミステリとして一番大切な要素である「読んだときの驚き」はどの短編にも十分にあった。著者の本は、人気作家だから、と敬遠していたところがあったが、今後は敬遠せずに読んでいきたい。

満願 (新潮文庫)

満願 (新潮文庫)