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『アリスマ王の愛した魔物』(小川一水著)【読書感想】

 小川一水さんによるSF短編集『アリスマ王が愛した魔物』を読んだ。著者の小川一水の名前は長編SFシリーズ「天冥の標」により知った。シリーズが完結した当時、よくインターネットで名前が挙がっているのを見たものだった。このシリーズが面白いと評判なので読んでみようかと思ったのだが、いきなり長編シリーズを読むのもなと思い、まずは短編集を手にしてみた次第である。とは言いつつ、先の早川書房電子書籍セールで一巻目『天冥の標Ⅰ:メニー・メニー・シープ』は買ってしまっているのだけれど。
 また『アリスマ王が愛した魔物』の説明文、

弱小なディメ王国の醜悪な第六王子アリスマは、その類まれなる計算能力によって頭角を現していくが――森羅万象を計算し尽くす夢に取り憑かれた王を描き、星雲賞を受賞した表題作

 に、興味を惹かれたのも本書を手に取った要因の一つである。短編集ということもあり、軽い気持ちで読んでみたのだが、どの短編も面白かった。

『リグ・ライト――機械を愛する権利について』

 本書には5つの短編が納められている。個人的に好きだったのは、『リグ・ライト――機械が愛する権利について』だ。
 題名通り、人工知能が他者を愛することは可能だろうか、またそれは許されるのだろうか、といったことをテーマにしている。SFとしては使い古されたテーマなのではないかと思う。しかしこの短編は、その使い古されたテーマを斬新な設定をもって、鮮やかな物語として描き出している。
 舞台は近未来。自動運転車が当たり前になり、家庭や職場にはロボットがいることも珍しくない。主人公のシキミが、亡くなった祖父から相続した車クローを受け取りに、祖父の家に行くとことろから物語は始まる。そこでシキミは、祖父が使っていたサポートロボットのアサカに出会うのだが、なんとこのロボット、若い女性型であるうえに、シキミの彼女である朔夜にそっくりだった。そのうえ、ロボットは車の部品の一部として登録してあり、シキミは車と一緒にそのロボット・アサカを相続することになってしまう。物語は、シキミと朔夜、祖父とアサカ、シキミとアサカ、そして祖父の愛車クローと祖父の関係を軸にテンポよく進んでいく。
 ある日、絶対に事故を起こすはずのない自動運転車のクローが事故を起こしてしまう。クローに何が起こったのか。そして誰が誰を愛していたのか。それらが明らかになるとき、物語の様相は華麗に一転する。
 秀逸なミステリのようなコペルニクス的転換があり、面白かった。また自動運転車の法的な問題(事故が起きた際、運転者の責任になるのか、メーカの責任になるのか)などの現実社会でも議論が起きている問題も内包されており興味深かった。
 また当たり前のように女性同士の恋愛が描かれておりそこも良い。人間以外の相手(ロボット)との恋愛は作中世界でもまだ一般的ではなさそうだが、主人公が頭ごなしに批判したりしないところも良いと思う。こういうところはSFを読んでいて、気持ちのよいところだ。SF世界では、人間は現実よりももっと自由な存在であれる。

 その他の短編だと、量産型のバイクのとある一台の一生を追った『ろーどそうるず』が好きだった。バイク人生も山あり谷ありである。
 表題作『アリスマ王の愛した魔物』は、劉慈欣さんの『円』(『三体』の人間コンビュータの場面を抜粋、再編した短編。私はアンソロジー『折りたたみ北京』で読んだ)を思い出した。また思っていたよりも救いようのない話で驚いた(文庫版表紙のイメージから「めでたしめでたし」で終わる系のファンタジーだと思っていた)。
 残り二編は宇宙を舞台にした短編。どちらも普通に面白かった。
 読後、読書メーターで本書の感想を読むと、人により推している短編がけっこう割れていた。どれか一つの短編が秀でているというのではなく、どの短編も秀作であることの証左であると思う。

 一冊読み終わり、どうやら自分の好きな作風であることが確認できたので、次は長編を読んでみたい。『天冥の標』ももちろんだが、百合SF『リグ・ライト』が良かったので、同じく百合SFという『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』が気になっている。

アリスマ王の愛した魔物 (ハヤカワ文庫JA)

アリスマ王の愛した魔物 (ハヤカワ文庫JA)