読書録 本読みの貪欲

地方在住三十路女の読書日記。趣味が読書と言えるようになりたい。本のほかには犬と魚が好き。

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戦争×女学院×ミステリ『倒立する塔の殺人』(皆川博子著)【読書感想】

 先の4連休は本を読んで過ごしていた。今年の自主課題図書であるトルストイアンナ・カレーニナと4連休前に買ったばかりのSFアンソロジー『日本SFの臨界点』(恋愛篇・怪奇篇)を併読しつつ、合間の気分転換にミステリやら新書やら(『ペスト大流行:ヨーロッパ中世の崩壊』(村上陽一郎著))を読んでいた。
 『アンナ・カレーニナ』と『日本SFの臨界点』は途中までしか読めなかったが、合間に読んだミステリと新書は完読した。そしてそのミステリが期待以上に良かったので記録として書いておこうと思う。
 読んだミステリは『倒立する塔の殺人』。著者は皆川博子さん。
 インターネットで読書の感想を読み漁っているときに、とあるブログで紹介されていたのをきっかけに知った。そのブログでは百合ミステリ的な文脈で紹介されていた。皆川博子さんといえば、以前『開かせていただき光栄です――DILATED TO MEET YOU――』を読んだ際にちょっとBLチックだなと思ったことがあったので、百合系の小説も書くのかと興味を持った。初期の短編なんかを読むと普通に男女の恋愛ものも多く書いていらっしゃるし。
 ちなみに『倒立する塔の殺人』は、理論社のミステリーYA!というティーンズ向けのレーベルから出ている。
 「百合」という前情報と、ティーンズ向けというレーベルで油断していたが、これがものすごく重厚な一冊だった。

『倒立する塔の殺人』

 舞台は第二次世界大戦中の東京のミッションスクール**女学院。主人公の阿部はその女学院に隣接する都立**高女の生徒である。
 ある日、空爆が女学院を襲う。焼けたのはチャペルだけで、防空壕に逃げていた生徒たちは無事だったというが、主人公の友人である小枝が慕う上級生の上月が亡くなったという。何故か上月は空襲のさなか、防空壕に逃げず一人チャペルにいたらしい。彼女の死は果たして本当に不慮の戦死だったのだろうか。
 戦後、上月の死を納得できない小枝は阿部に一冊のノートを見せる。それが『倒立する塔の殺人』。女学院の生徒たちが回し書きしていた手記と小説である。

「上月さんが亡くなったこと、わたし、どうしても納得できないの。ベー様にも読んでもらって、感想を教えてほしいの。ベー様はわたしより、ものの考え方が大人だから」
 ひぇっ、とわたしは変な声を出してしまった。「わたし、大人なの?」
「わたしみたいに甘ったれじゃない」

 この物語は主人公であり語り手の阿部の視点と、手記を書く三人の人物の視点、そして作中作である『倒立する塔の殺人』からなる、複雑なプロットを持つミステリとなっている。
 読み応えは十分だ。ミステリとしても面白かった。構成からも分かるように、叙述トリックと「倒立」がキーワードとなっている物理的なトリックの合わせ技となっている。フーダニットであると同時にホワイダニット。彼女は殺されたのか。そもそも本当に殺されたのは誰だったのか。
 そして読み進めるうちに5人の少女たちの思春期的で一筋縄ではいかない関係が浮かび上がってくる。

 想像以上に重厚な物語だった。舞台背景も重い。登場人物たちは当たり前のように家族を亡くしている。戦争が進むにつれ疎開空爆死により学校から生徒が減っていく様子や勤労動員の辛さ、動員された生徒同士の格差(地方から働きに出てきている生徒に比べ、都内の通学生は優遇されている)といった生々しい描写がある。格差といえば生まれた家の格差についても書かれている。主人公のあだ名は「イブ」だが、これは「異分子」の「イブ」。インテリの家庭が多い都立**高女の生徒の中にあって青物屋の娘である主人公はどこか浮いていたのだ。
 また物語の根幹をなしている少女たちの関係性も浮ついたものではなく重いものだった。いわゆる「S」的な分かりやすい関係ではなく、友情や尊敬や思慕や嫉妬や嫌悪といった様々な感情を伴った、様々な関係性が少女たちの間に結ばれている。またそれらの関係が、「卒業して結婚するまでの一時的なもの」として共有されているところも、なんだか切ない。なので、よくある「高校生が主人公の百合小説」的なものを期待して読むと、当てが外れるかもしれません。むしろそうした色を抑えているような書き方をされている。
 それからティーンズ向けのレーベルなのに、ドストエフスキーの『罪と罰』の概要くらいは知っていることが前提で物語が進んでいくのも斬新だった。『カラマーゾフの兄弟』では誰が好き、とかの会話を登場人物たちが唐突にしています。また多くの音楽や絵画のイメージが出てくる。絵画については、巻末に「『倒立美術館』あとがきにかえて」と、紹介のページが設けられている。ちなみに私はこの小説のキーアイテムの一つアンリ・バルビュス『地獄』は今回初めて知りました。これらの小説や音楽や絵画を知らなくても、ミステリとしては面白く読めた。でも知っていたらもっと面白く読めたかもしれないなと思う。

 とにかく満足な一冊だった。皆川博子さんは、ほんと奥の深い作家だなと思う。


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倒立する塔の殺人 (PHP文芸文庫)

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