読書録 地方生活の日々と読書

趣味が読書と言えるようになりたい。

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大学のある街を再訪しました。

 先日のこと。大学時代の友人が、大学のある街で結婚式を挙げた。招待していただいたので、私は卒業以来始めて、学生時代を過ごしたその街を訪れた。4年ぶりのことである。

 着陸態勢に入った飛行機の窓からその街を見下ろすと、胸の奥底から懐かしさが溢れてきた。街のつくりが、今住んでいる関西の街とは、明確に違う。海の色が違う。畑の、山の色が違う。一歩外に出ると北国に属するその街の空気は、冬の気配が強かった。街路樹も葉を落としており、長い冬の始まりを感じた。遠くに見える山の山頂には、すでに雪が積もっているようだった。冬を前にしたその空気感が懐かしかった。もうすぐ雪虫が飛び交うのだろう。私は北国の小さな街の長い冬が、嫌いだった。

 私は優秀な学生ではなかった。
 だからといって遊びに邁進したわけでもなく、ただただ鬱屈した毎日を送っていた。
 学生時代を思い出す時最初に浮かぶ情景は、暗い研究室のデスクの上で「私は人生に失敗した」と思いながら、論文や履歴書に向きあっていたことである。可能性の扉が閉じてしまったことに気づき、それでも気づかないふりをして、どこに向かっているのか分からないまま手探りで将来を探していた。何かを選ぶ決断は、別の何かを選んだ可能性を消すことだ。その重みと、選ばなかった可能性に潰されそうになりながら日々をやり過ごしていた。
 人から羨ましがられるような人生を送ることは決してないことが分かってしまった。私はレールの上をうまく歩けなかったのだ。そのことにようやく気付いたあの時。
 私は、結局、逃げるようにしてこの街を出たのだった。卒業式にも出ていない。

 4年ぶりの街は一見、何も変わっていないようでいて、それでも店舗が入れ替わっていたり、新しい道が出来ていたりとほんの少しだけ表情が変わっていた。そんな街並みを見ていると、その当時の苦い記憶が再生されそうになり、慌てて思考の流れを断ち切った。学生時代を総括できるほど、時間薬はきいていないようだ。

 「私の人生は失敗だった」という想念は、当時毎日のように自問していたためか、私の中で強固な人生観を為している。あまり良い結果をもたらさないだろうことは明白なので、普段は忘れて生活するようにしているが、ふとした瞬間にこの想念は顔を出す。
 うまく生きられないのなら、せめて人に優しくありたいのだが、私は自分で思っていた以上に酷い人間でもあった。人を傷つけずに生きたいが、自分は決して優しい人間ではない。自分の内には加虐性があることはとっくの昔に気づいている。私は人を傷つけながら生きてきた。その事実に向き合うことも出来ず、目を逸らした。いずれバチが当たるだろうと、非科学的なことを信じている。いや、バチが当たった結果が、この息苦しい「今」なのかもしれない。

 私は未だに自分がどこに向かっているのか、分からない。友人の結婚式は長い間楽しみにしていたのだけれども、そんな状況で友人や恩師に会うことには、一抹の不安があった。

 結婚式には多くの懐かしい顔が並んでいた。
 式は素晴らしく、友人は皆、優しかった。新郎新婦を心から祝福できた自分がおり、なんだかんだ楽しんでいる自分がいた。3次会まで楽しく飲んだ。
 みんな変わってないね、と言い合いながらも、それでも、みんな学生時代とは少しだけ違っていた。父や母になった先輩、結婚指輪をした友人、仕事の話が飛び交うテーブル。なんだかんだで、私たちは、大人になっていた。日本の各地で、自分の足でしっかりと立って、それぞれの道を歩んでいた。言葉は悪いが、収まるべきところに収まった、といった感じである。みんな頑張ってるのだなと嬉しく思うと同時に、前に進んでいる友人たちと未だに未来が見通せない自分を比較して、取り残されたような気分になった。地方で、せっかく学んだ知識も生かせず、低賃金の仕事しか得られない自分が情けなかった。
 それでも。
 何者でもなかったころ、必死に前に進もうとしていた日々の私は、確かに幸せだった。
 そして、その頃を知る友人たちとこうして再会できたことは、本当に幸せなことである。自分の自意識過剰さが心底嫌になるほど、友人たちはあの頃の日々と同じように私に接してくれた。親が転勤族だったが故に故郷を持たない私にも、帰る場所が出来たのだということを知った。この街は、いつの間にやら私の故郷となっており、そして立ち返るべき立脚点となっていたのだ。
 
 残念なことに、私はまだまだ先の長いこの人生を歩いて行かなければならないだろう。確信をもって道を選び、進んでいけることは、これから先もないだろう。迷いながら、遠回りしながら、あるいは後退しながら、この長い道のりを歩んでいくのだろう。後悔することも多々あるだろう。「人生に失敗した」と思い悩む日もあるだろう。それでも。この街で学んだ日々は、悩みながらも前に進もうとしていた記憶として、私の人格を形作るひとつの核としてあり続ける。

関西の街に帰ってくる。風は心地よく、山は紅葉の盛りを迎えようとしている。旅行で着た厚手のコートをクローゼットに片付けた。まるで夢のような一泊二日だったな、と思う。夢のように楽しく、どこか非現実的な友人たちとの再会と、新郎新婦夫妻の晴れ舞台。
そして帰宅した次の日からは、いつもの日常が帰ってきた。特に気負うこともなく、淡々と出勤し、仕事をこなした。私の今の人生はこうして続いていくのだ。これからも、ずっと。