読書録 地方生活の日々と読書

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『日曜日の人々(サンデー・ピープル)』高橋弘希【読書感想】

 パンクでトリッキーな小説を読みたい。そんな欲求に突き動かされて向かった本屋さんで出会った一冊。手のひらに軽く収まってしまうほどの、薄めの文庫本。表紙にはクマのぬいぐるみ?が描かれた黄色い皿に、ケーキが乗っているというよく分からない写真。「日曜日の人々」と書いて「サンデーピープル」と読ます題名(何故だかこの題名を見て、私は村上春樹さんのことが思い浮かんだ)。そして帯に感想を寄せるクリープハイプ尾崎世界観さん。

剃刀みたいな文章が
「居たい」と「痛い」を引き裂く。
ぱっくり開いた穴はどうせ空っぽなのに、
なぜだかいつまでも目が離せない。
尾崎世界観

 これはロックで詩的な小説に違いない。
 そう確信して、レジに向かった。

 確信は外れた。この本を構成するもののなかでは、尾崎世界観さんの帯の言葉が一番、詩的だった。
 『日曜日の人々』(高橋弘樹著)は、びっくりするほど、正統派な小説だった。さすが第39回野間文芸新人賞受賞作。

 もちろん私は小説の正統とは何かを説明できない。それだけの知識も学もない。しかし一読者としての感想が、「今時珍しいほどまっとうで、普通な小説だなあ」というものだったのだから仕方がない。もちろん普通の小説だからつまらないという訳ではない。普通ではないツマラナイ小説も多い世の中において、普通の小説を普通に読めたのは奇跡的とすら言える。
 では、私は何故この小説を普通でまっとうな小説だと感じたのか。

00年代の青春小説『日曜日の人々』

 主人公はどこにでもいそうな大学生。彼の元に自殺した同い年の従姉妹から手記が届いたところから物語は始まる。彼と従姉妹は、親戚以上恋人未満のような関係であった。突然亡くなってしまった彼女の手記を読むうちに、主人公は彼女が生前参加していたレムという団体にいきつく。そこは生きづらさを抱える人々が、自らの生きづらさを吐露する、些細ながらも大切な場所だった。彼は、彼女と知り合いであることを隠しながら、レムの日曜日の集まりに参加し、他のメンバーと交流を重ねていく。

 主人公自身はごくごく普通の青年という感じただが、彼の経験はなかなか壮絶だ。
 しかし私は、彼が直面する世界に既視感を覚えた。
 彼が出会う人々は自傷癖があったり、拒食症であったり、盗難癖があったりし、この世界で生き抜くことに困難を抱えている。私は彼らほどの困難を抱えたことはないし、(見えていなかっただけかもしれないが)抱えている友人も周囲にいなかった。それでも私には、彼らが隣人のように感じる。私は彼らの困難を知っている。彼らの困難は、私がかつて貪るように呼んだ小説やノンフィクションの登場人物たちが抱えていた困難である。
 そう、この本の登場人物たちはいかにも本に出てくる登場人物然としているのだ。

 困難を抱えおり、繊細で、生活感がない。自意識で世界が満ちており、人生に対して真面目で、理想と現実の狭間で折り合いをつけられずにいる。同世代の仲間に囲まれ、多様性がなく、世の中には全く別の地平から世界を見ている人がいることに気がついていない。
 つまりは、彼らは若い。そして作家たちはしばしば青春の只中にいる若者たちを物語に登場させる。それは人間は、誰しも若い頃の一時期—人生と自分という存在に囚われ二進も三進も行かなくなってしまう一時期—純文学の主人公となるからだろう。文学の大いなる主題がそこにはある。

 つまり主人公は、この物語を通して、人生の困難という誰しもが避けられない問題に出会うのだ。わたしがこのこの小説を「まっとうで普通の小説」と感じたのは、多くの作家が繰り返し描いてきた「青春」というテーマを、真正面から書いた小説だからだろう。

主人公と同時代に生きる

 加えて既視感が強いのは、舞台となっている2010年代の日本を、私も主人公と同じように若者として駆け抜けたから、ということもあろう。物語の舞台となっているのは、インターネットが身近にあり、一人一台の携帯は当たり前だが、SNSはまだメジャーではないという、あの特異的な、今から振り返るとほんの一時でしかないあの時代である。著者は見事にその空気感を切り抜いていると思う。少なくとも私は読んでいて、懐かしさとその懐かしさに伴う痛みを感じた。この小説は自意識でいっぱいいっぱいだった頃の苦しさ、それを思い出させる。ああ、私にもこんな時期が、あった気がする。思い出すだけでも恥ずかしくて、痛い時期。

 大人になったものだな、と思う。もし若い頃、今より10年ほど若い頃にこの本に出会っていたら、もっと違った感想を持っていただろう。15年前に出会っていたら、絶賛どころか心酔していたかもしれない。『日曜日の人々』は、そんな小説である。

日曜日の人々

日曜日の人々