読書録 地方生活の日々と読書

趣味が読書と言えるようになりたい。

MENU

『モンテ・クリスト伯』アレクサンドル・デュマ【読書感想】

 年末年始の長期休暇を利用して岩波文庫で7冊に及ぶ長編小説モンテ・クリスト伯』(アレクサンドル・デュマ著)を読了した。モンテ・クリスト伯あるいは巌窟王の題名で知られ、ドラマ化もされ、主人公エドモン・ダンテスがスマホゲームFGOに取り上げられる程度には有名なこの作品を、私はジュブナイル版も含めて読んだことがなかった。「不当に投獄された主人公が恨みを晴らす復讐小説である」という知識はあったが、読んでいないことをどこか後ろめたく思っていた。大学時代、友人が当たり前のように「読んだことがある」と言っていたことが、劣等感につながっていたのかもしれない。もちろん読書は他人と比較しすることではないのだが。
しかし文庫で7巻。原著が書かれた時代は19世紀。訳だって50年以上前のもの、とくれば、読みはじめるのに勇気がいる。果たして私の読書力でこの小説を楽しむことが出来るのだろうか。しかし躊躇していても仕方がない。少しずつ読み進めていた『戦争と平和』を読了したタイミングで、文庫本を何冊かまとめ買いし、本棚の一番手前に並べた。あとは読むしかない。

モンテ・クリスト伯』を読んでみた。

 舞台はフランス。革命と政変の時代。主人公は、実直な船乗りであり、若くして船長の地位が約束されていたエドモン・ダンテス。彼は、結婚式の当日に、彼の成功を妬む3人の男からナポレオン派だと告発され逮捕された。さらには検事代理が自らの保身のために厳罰に処したため、不当に牢獄に入れられてしまう。
 しかし10年以上に及ぶ投獄の末、彼は脱獄し、莫大な富を経て、名前を捨て「モンテ・クリスト伯」となった。かつて彼を陥れた男たち−−彼らはパリでそれぞれに出世し、家庭を築いていた−−に復讐を企て、実行する。

 この長い物語は、分かりやすい勧善懲悪ものである。モンテ・クリスト伯による容赦ない復讐の過程を私たちは目の当たりにする。ではどうして物語がここまで長いのか。それは登場人物たちはそれぞれに妻や子を持ち、その各登場人物たちの人間関係やモンテ・クリスト伯との関わりが丁寧に書かれているからである。登場人物たちはみんな人間臭く、それ故、全員が自己中である。なので、モンテ・クリスト伯の復讐の過程において、これでもかというほどイベントが発生する。

 この作品は19世紀のエンタメ小説である。脱獄のシーンは冒険小説のようであるし、プラトニックな恋愛と不倫が同じように物語の要素として重要であるし、青年同士の熱い友情もあれば、2人の少女が手に手を取って家出する百合的な展開もある。毒殺者は誰かというミステリ要素、また誤情報による株の操作という経済小説的な要素もあれば、戦時中の裏切りとその告発というスリリングな展開もある。他にも様々な要素があるのだが、それが「モンテ・クリスト伯の復讐」という大きな目的の内に収束していくのだから、これはすごい物語である。読み継がれるだけのことはある。

主題は何か。

 単純にエンタメとして読んでそれで十分に面白かったのだが、しかしこの物語は深読みも可能であると思う。
 『モンテ・クリスト伯』には「神」という言葉が多く出てくる。この物語のひとつの主題は信仰との向き合い方であると思う。
 また、モンテ・クリスト伯はしばしば彼の復讐相手に対し、自らの行動は「神からの罰」であると言う。神に代わって罰しているのだと。
 しかし人間は神として振舞うことは許されるのであろうか。モンテ・クリスト伯は莫大な富を持ち、超法的な存在であり、神のように振る舞うことも可能である。彼が絶対的な正義としても、だからといって、神に代わって悪を罰することは許されるのか。この問いも、特に物語の後半を通して語られる、ひとつの大きなテーマであると思う。また「生まれついての悪人は存在するのか」「親の罪を子は償うべきか」「金があれば幸せになれるのか」「人を信じるとはどういうことか」といった、多くのテーマでこの物語は語られることができるだろう。
 このように複数のテーマを内包し、様々な角度から読み解くことができることもこの物語の魅力であり、長く読み継がれてきた理由であると思う。

 この小説は確かにとっつき難い面がある。登場人物の名前と関係性を覚えなければ物語が分からなくなるし、訳は流石に古臭いし、セリフが大仰で長々しい。1、2巻は収監から脱獄の話なので物語は進むが、3巻目は復讐に向けた長い長い伏線なので途中で挫折しそうになった。
 しかし一方で、それらの欠点を上回る楽しさを与えてくれる物語であった。なんだかんだで、後半は一気に読んでしまった。そして読了時には、読み切ったという大いなる満足感を得ることができた。楽しい時間だった。

モンテ・クリスト伯〈1〉 (岩波文庫)

モンテ・クリスト伯〈1〉 (岩波文庫)