読書録 本読みの貪欲

近畿地方の某田舎町で一人暮らし中。

モーム『雨』 書かれなかった部分を妄想してみる。

先日買ったモームの短編集から(買った日のブログはこちら)

すべての本には「謎」が潜んでいる。
私たち読者はその謎の正体を知りたいがために本を読み進む。

推理小説なんてその典型だろう。
探偵の謎解きが始まったとき、私たちは彼の言葉を一言も聞き逃すまいと集中する。
そしてすべてが解き明かされたとき、なんとも言えないカルタシスを感じる。
推理小説ってなんだか難しそう」、それは違う、すべてを明らかにしてくれる推理小説は親切で分かりやすい小説ジャンルなのだ。

読み終えた時に、作中の「謎」がすべて解き明かされる本ばかりではない。

モーム『雨』はすべてが明かされない小説である。
だからこそ、私の頭は読後も雨が降り続く太平洋の小島から離れられない。

百人の読者がいたら百人の解釈があろうこの小説。
読み方に正解不正解はないだろう。
だから、私の解釈というか妄想をネットの海に放流してみる。

『雨』の世界で何が起こったのか妄想。

以下ネタばれ有り。

どこから書くか?とりあえず、デヴィッドソンが何をしたのか。

一 デヴィッドソンは何をしたのか。

ミス・トムソンに対して。
私は、脅した、と考える。アメリカ行き免除を盾にして。いや、本文でもずっと脅してるか。
で、脅して何をしたか。体を要求した。
ミス・トムソンがデヴィットソンを部屋に招いた日から、そのような関係であったと邪推している。
はじめはどちらから誘ったのであろうか。
初読の時は、デヴィットソンからかなとも思ったが、ミス・トムソンからかもしれない。
脅したと書いたが、デヴィットソンは善意からの脅しであろう。
ミス・トムソンを更生させるつもりで。

 ミス・トムソン 分かりました、私が悪かったのです。宣教師様のおかげで目覚めました。でも私、怖いのです。もし嫌でなければ私のことを抱きしめてくれませんか。(もう体でこの男を懐柔するしかない)
 デヴィットソン ようやく気付きましたか。あなたが望むのならば、そうしましょう。(迷える子羊を導くためにはの行為。神はお許しになるだろう)

こんな感じで始まったのではないかなあと思う。

二 最後の夜、二人の間に何が起こったのか。

上記の続きを妄想。
二人は毎晩毎晩体を重ねた。私はデヴィットソンが夢中になってしまったのだと考える。
娼婦を前に今まで知らなかった快楽を知ってしまったのだ。夫人は淡泊そうだし。
眠れず痩せていくのも、毎晩の興奮の反作用である。
それでもデヴィットソンは、その行為を神への背信であるとは考えない。すべては彼女を更生させるためなのだ。
一方のミス・トムソンは、懐柔作戦が上手くいったと考える。

その腹の中の思惑の違いが、最後の夜の悲劇を引き起こす。

懐柔作戦が成功したと思ったミス・トムソン、明日のアメリカ送りを中止するようデヴィッドソンに懇願する。デヴィッドソンはもちろん断る。
二人ともどうして、と思っただろう。

 デヴィッドソン 今まで説得してきて、分かってくれたと思ったのにどうして……
 ミス・トムソン あれだけ夢中になって私を抱いたのにどうして……

そしてミス・トムソンの「どうして」は、ある結論にたどりつく。

 ミス・トムソン こいつはなんだかんだ言って、私の体を利用するだけしたかっただけなんだ。

彼女は怒る。彼女は怒ると感情的になる。感情的な女は男の一番弱いところを攻撃する。

 ミス・トムソン 今までのこと、奥さんに言いつけてやる! アメリカに行ったら、向こうの教会の偉い人に言いつけてやる! 宣教師に蹂躙されたって!

デヴィッドソンはそう言われて初めて自分の立場の悪さに気づく。

三 デヴィッドソンの死因について。

私はデヴィッドソンを名誉欲の強い男と考える。
彼は原住民のために布教を行っていたのではない。
南島を救った宣教師になりたかったがために布教を行ったのだ。
後世に、聖人として名を残すことさえも夢見ていたかもしれない。

彼はミス・トムソンの言葉で、自分の悪名が広がることを想像した。
そしてその事実に耐えられなかった。
デヴィッドソンは、悪名が広がった世界に生きるよりも、「自殺」という禁を犯してでもあの世へ行くことを選んだ。

以上、妄想でした。

……どうでしょうか。野暮なことするな、そうですね。
でもついでに書くと、ミセス・デヴィッドソンは、騒ぐミス・トムソンを見て直ちに亡き夫の不貞に気付いたと思います。女の勘、とやらで。
いやー、死体安置所で何を考えていたのだろう、この女は。

googleで「雨 モーム 感想」と打つと、いろいろな読者のいろいろな解釈が出てきて面白い。
人の考え方は千差万別だ。
この短編のテーマについて書かれたブログも多い。
私はこの短編のテーマというか教訓は「何事も中庸が大切」だと思いました、さすがに違うか。

ところでこの小説のの良さは、いままでだらだら書いてきた「書かれなかった部分」もだが、人物造形とストーリー展開だと思う。
ほとんど五人しか出てこないが、その五人ともがいかにも存在しそうな人たちである。
人間の嫌な部分やいい加減な部分が、物語が続くにつれ雨音を背景に浮かび上がってくる。
サマーセット・モーム、好きです。

雨・赤毛 (新潮文庫―モーム短篇集)